5年前の妻に「大成果」を伝えた男の時空超えた旅 小説「思い出が消えないうちに」第2話全公開(6)

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喫茶店 カップル
戻ってこなかったつもりだった男は妻に説得されて戻ってきた(写真:jhphoto/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題のシリーズを東洋経済オンライン限定の試し読みとして16日に分けて配信。シリーズ3作目『思い出が消えないうちに』の第2話『「幸せか?」と聞けなかった芸人の話』の最終回をお届けします。
(1):過去に戻れる喫茶店、通い詰めるお笑い芸人の男(1月8日配信)
(2):過去に戻れる喫茶店、失踪した相方待つ男の一言(1月9日配信)
(3):5年前に逝った妻、会うために過去へ戻りたい男(1月10日配信)
(4):5年前に逝った妻、過去に戻り会いに行く男の真意(1月11日配信)
(5):5年前に戻り生前の妻に会えた男、ひと時の幸せ(1月12日配信)

「会いに来てくれて、ありがと」

轟木の視界がぐにゃぐにゃとゆがみ、まわりの景色が、下から上へと流れはじめた。

湯気になって上昇する轟木の姿を、世津子が見上げている。

別れの時である。

「末代まで私を忘れないでね」

「末代までって……」

「私の愛情は怨念より深いんだから」

「わかった、わかった」

「会いに来てくれて、ありがと」

「世津子……」

轟木の姿が、天井に吸い込まれる。

「大好きだよ! ゲンちゃん!」

世津子は声が枯れるほどの大きな声で叫んだ。

そして、店内にまた静寂が戻ってきた。轟木の消えたあとには、黒服の老紳士が現れた。

老紳士は何事もなかったかのように、静かに本を読んでいる。

世津子は、黒服の紳士を見つめながら、轟木と出会った頃のことを思い出していた。

小学校五年生になったクラス替え直後のことだった。世津子は、突然、クラスの男子に「世津子菌」と言われて、いじめられるようになった。話しかけても誰も相手にしてくれない。世津子の触ったものは汚いと言われ、捨てる者もいた。ただただ苦しく、ただただ、悲しい日々だった。

そんな時、轟木が世津子のいるクラスに転校してきた。轟木は人を笑わせる天才で、あっという間にクラスの人気者になった。だが、世津子へのいじめがなくなったわけではない。

ある男子が轟木に言った。

「あいつに触ると『菌』が感染るから気をつけろ」

世津子には抗う術はなかった。こうやって、いじめの輪は拡大していく。誰かを血祭りにあげることで、結束を固めようとするのだ。それは、転校生でも同じだと、世津子は思っていた。逆らえば、輪の外に弾き飛ばされる。

だが、轟木は違った。

「こんなかわいい菌なら、俺のブサイクも治るかもしれねーな?」

どっと笑いがおきた。それで、世津子へのいじめがなくなったわけではなかったが、世津子の世界は大きく変わった。轟木だけは世津子に好意的だった。菌がついたと言って、騒いだり、ものを捨てようとする者がいれば「俺につけろ」、「俺によこせ」と言って笑いに変えた。気づくと、世津子も、菌だ、なんだと騒がれることが気にならなくなっていた。そのたびに、轟木が助けてくれるからである。世津子が、そんな轟木のことを好きになるのに、時間はかからなかった。

その頃、この喫茶店の噂を聞きつけて二人で遊びに来るようになった。ここで出会ったのが、クラス違いの林田であった。

世津子の大事な、大事な思い出である。

「……ユカリさん」

世津子は背後に立つユカリに語りかけた。

「ん?」
「私、がんばったよね?」

肩を震わせながら、世津子がつぶやいた。

「私……」

「よくがんばった」

「……」

「よくがんばったわね」

「……うん」

しんしんと、窓の外には雪が降りつづいている。

音もなく、ただ、しんしんと……

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