1週間前の別れ話、真相知った28歳彼女が得た希望 小説「コーヒーが冷めないうちに」第1話全公開(5)

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喫茶店 カップル
1週間前の別れ話の現場に舞い戻った彼女が知ったこととは?(写真:Ushico/PIXTA)
世界35カ国で翻訳、シリーズ320万部を突破している小説『コーヒーが冷めないうちに』。世界中で話題の本を、東洋経済オンライン限定の試し読みとして計3話、16日に分けて配信。第1話『恋人』の最終回をお届けします。
(1):交際3年目の彼氏と突如の別れ、取り戻したい時間(12月29日配信)
(2):交際3年目の彼と別れた28歳彼女が戻りたい過去(12月30日配信)
(3):1週間前、彼氏と別れた彼女が過去に戻りたい心境(12月31日配信)
(4):1週間前の別れ話に一瞬舞い戻る彼女の超常体験(1月1日配信)

辞表を出す覚悟を決めた手痛いバグ

二美子が五郎と出会ったのは二年前の春だった。二美子、二十六歳。五郎、二十三歳の時である。

二美子が出向した勤務先に、別の会社から出向してきた五郎がいた。二美子はその出向先のプロジェクトでチーフを任されていた。

二美子はたとえ年上の先輩を相手にしようとも、仕事では一切妥協しなかった。それゆえ同僚や上司と言い争いになった事もある。だが、竹を割ったような性格と、努力を惜しまない仕事ぶりは評価されていたので、二美子の事を悪く言う者はいなかった。

五郎は、二美子より三つも年下でありながら、すでに三十代の落ち着きをかもし出していた。言葉をにごさずに言うと、老けて見えた。二美子は最初、年下と気づかずに敬語を使っていたほどである。

しかし、チームで一番若いにもかかわらず誰よりも仕事ができた。エンジニアとしてのスキルは高く、黙々と仕事をこなす姿は二美子でさえ頼もしく思ったほどである。

ある時、納期のせまった案件に手痛いバグが見つかった。バグとはコンピュータープログラムに含まれる誤りや不具合の事である。些細なバグだとしても、医療系のシステムにとっては致命的である。このまま納品する事はできない。しかし、バグの原因を見つけるといっても、それはまさに、二十五メートルプールに垂らした一滴のインクを蒸留し、取り出すよりも困難な事だった。しかも、時間はない。納期に間に合わなければチーフである二美子の責任である。

納期まで一週間。対応に最低でも一か月はかかるミスの発覚に、誰もが納期には間に合わないとあきらめ、二美子も辞表を出す覚悟を決めていた。

そんな中、五郎が出向先に姿を見せなくなった。連絡もつかない。それゆえ誰もがこのバグは五郎のミスではないかと勘ぐりはじめた。責任を感じて出てこなくなったのだと。もちろん、五郎のミスだと確定したわけではない。ただ、負うべき責め、過失が重大であればあるほど、人は誰かのせいにしたくなる。出社しない五郎は格好の責任転嫁の的だった。当然、二美子もそうかもしれないと疑いはじめていた。

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