「東急vs西武」懐かしき渋谷の"熱狂時代"を辿る ブームを生み出す東急、圧倒的にイケてる西武

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渋谷
渋谷のシンボル的存在「SHIBUYA 109」(左)と、“情報発信装置”となった「東急ハンズ」。どちらも1979年撮影(写真:『東急百年 - 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ -』より)
「100年に1度」とも言われる大開発中の渋谷。2022年に設立から100周年を迎えた東急株式会社の本社もある重要拠点です。かつて東急と西武の二大グループによって象徴的なスポットが数々つくられ、さまざまなカルチャーを生み出してきました。
その「東急vs.西武」の熱き時代の変遷を、東急株式会社常務執行役員の東浦亮典氏が振り返ります。本記事は、東浦氏の著書『東急百年 私鉄ビジネスモデルのゲームチェンジ』より一部抜粋・編集してお届けします。

渋谷に鉄道駅ができた歴史は古く、1885年に日本鉄道(現在のJR東日本)が赤羽駅〜品川駅間に路線を敷設した際に開業しています。但し、その時の駅舎の位置は現在よりも恵比寿駅寄りでした。

東急沿線の都心側にある渋谷は、いまでこそ「100年に一度」と言われる街の大改造が行われていますが、東急百貨店東横店と東急文化会館があるくらいで、そこまで東急色の強い開発は仕掛けられていませんでした。

1968年に西武百貨店渋谷店ができてからは、西武流通グループの商業施設が公園通り沿いに集積して、若者の支持を得て存在感を示していました。

「西武vs.東急」の仁義なき闘い

西武グループの後塵を拝する状況を挽回すべく、1979年には東急百貨店本店通りと道玄坂に挟まれた三角地帯を開発して「ファッションコミュニティ109(現在のSHIBUYA109)」を開業します。1978年には新業態の「東急ハンズ渋谷店」を開店し、大きな話題を集めることになります。

こうした両グループの出店争いをメディアでは面白おかしく「西武vs.東急の仁義なき闘い」と報じましたが、この時期両社が切磋琢磨したことによって、渋谷が押しも押されぬ若者の街、情報発信力のある流行のトレンドスポットとして確固たる地位を築いたともいえます。

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