「一律の宿題」を廃止、きっかけは「教員の働き方改革」

宿題といえば、記憶の定着などのメリットが期待できる反面、「課される」という強制的な側面もあり、嫌々やるものになってしまっている場合も少なくない。

「私も子どもの頃から宿題が嫌いで、3人のわが子を育てる中でもこの学習スタイルはどうなのかなと思っていました。やらされている感覚や、宿題をやらないと叱られるという感覚を、子どもたちに持たせたくないと考えています」

そう話すのは、岐阜市立岐阜小学校校長の藤田忠久氏だ。社会が大きく変化している今、必要なのは未来を切り開いていく力であり、そのベースとなるのは自ら進んで学ぶ力だと藤田氏は考えている。

だから、児童が自ら課題を見つけて自主的に学ぶ習慣を身に付けることを目指し、今年度から「一律で課す宿題」を廃止して、児童とその保護者が主体となって進める「家庭学習」を提案した。しかし、実施に踏み切るまでには時間を要したという。

藤田 忠久(ふじた・ただひさ)
岐阜市立岐阜小学校校長
1961年岐阜県岐阜市生まれ。岐阜大学教育学部体育学科卒。1984年より岐阜県の公立小・中学校教員。岐阜市教育委員会指導主事を経て2010年度より小学校教頭。15年度より岐阜市立徹明小学校校長、17年度より統合新設校の岐阜市立徹明さくら小学校初代校長、19年度より現職。長年、体育科教育の実践や研究に尽力、県の小学校体育科研究部会長等の要職を歴任し、20年度「全国学校体育研究功労者表彰」を受ける。現任校の実践は19年度「岐阜県ふるさと教育表彰」最優秀賞、20年度「読売教育賞」社会科教育部門優秀賞、21年度「博報賞」日本文化・ふるさと共創教育部門博報賞・文部科学大臣賞を受賞

もともと宿題に疑問を持っていた藤田氏だが、実際に宿題廃止を考えるようになったのは、前任校で校長をしていた2017年ごろのこと。県の教育委員会から教員の働き方を工夫するよう指示が出たことで考えた策の1つが、担任業務の改革だった。とくに宿題の確認に割く時間は長いため、改善したいと思っていた。しかし当時は、教員にも保護者にも受け入れられるとは思えず、職員会議で「いつかはそうしたい」と提案するにとどまったという。

2019年度に現在の学校に校長として赴任し、ようやく昨年度、あるきっかけが訪れた。1年生を担任する初任者教員から「宿題を見るのに長い時間を要するため、児童と触れ合う機会がなかなか取れない」と悩む声が上がったのだ。

そこで藤田氏は、その学級の12月の懇談会に同席し、「教員が手を抜きたいわけではなく、宿題を見る時間を児童に寄り添う時間に充てたいので、家での学習は家庭にお任せしたい」と保護者に依頼。9割以上の保護者が出席していたが、意外にも反対の声は出なかったという。

赴任して3年間、全校体制での宿題廃止を表明できずにいたが、「受け入れてもらえるかもしれない」という感触を得た藤田氏。働き方改革のためにも、児童の自ら学ぶ力を育てるためにも、宿題廃止の実現を決意した。

反対や不安の声は少ないが、学級や学年の実態に合わせて対応

まずは2022年4月の職員会議で、教職員たちに方向性を示した。昨年度から高学年を中心に教科担任制を導入し、「児童が『学年全体で自分を見てくれている』と感じるような学校にしよう」というメッセージは打ち出していたが、改めて「教員と児童の信頼関係の構築を第一に考え、日頃から児童のよさや伸びを見逃さず、『自分でやれる』という自信を持たせたい」と、方針を共有。そして、そのためには学校と家庭の役割の明確化が必要だと説いた。

「教員は授業で学力を育てることに専念し、家庭学習は一律の宿題を廃止して、児童とその保護者が考えて進める形にしたい。そう説明したところ、多くの教員が納得してくれました」

保護者にも、4月11日付で通知を出して基本方針を示すほか、同月後半には個人懇談で担任から改めて宿題廃止の意図や趣旨を説明。また、同時期にPTA役員会や学校運営協議会の場でも説明を実施した。

5月の学校運営協議会で宿題廃止の説明を行う藤田氏

その結果、「思ったよりも反対意見は少なく、保護者から届いた不安の声も数件でした」と藤田氏は話す。丁寧なコミュニケーションを心がけたことはもちろんだが、地域の特性も大きかったようだ。

「本校は文部科学省の『全国学力・学習状況調査』の平均正答率も高く、もともと家庭の教育力が高い校区です。塾や習い事に通う児童が多く、学校の宿題が負担になっている面もありました。岐阜県では漢字ドリルや計算ドリルの文化が根強く、略して『カド・ケド』を3周やろうなんて言われますが、私と同じくそれを疑問視していた親子も少なくなかったのかもしれません。各家庭の方針や事情から、それぞれで家庭学習の内容を判断する必要がある状況だったのも確かです」

一方、児童たちは「宿題はなし」と聞いたとき、「勉強しなくてもよい」と大喜びしたという。「その反応に危機感を抱いた先生もいたと思います」と、藤田氏は言う。

保護者の不安の度合いも学級や学年によって異なったため、教員の対応も分かれた。叱ることはしないが、誰がどのような学習をしているのかは週に1~2回点検し、何も取り組めていない場合に本人や保護者に声をかける教員は多い。中には1人ひとりと面談し、学習内容や困り事を確認している学年もある。「今も学級や学年の実態に合わせて対応していますが、来年度までには学年ごとの適切な関わり方を整理できるといいなと思っています」と藤田氏は話す。

「興味関心を深める家庭学習」に取り組むようになった児童も

宿題廃止から半年が過ぎ、徐々に状況は変わり始めているという。

「教員は家庭学習をやらないことをとがめるのではなく、子どもを認めて励まし、できたことを褒めていく。そんな期待していたサイクルが定着してきたと感じます。保護者の不安を払拭し、より方針を明確にしようと、学年ごとの学習時間の目安や学習内容などを例示した『家庭学習の手引き』を夏休み明けに示しましたが、子どもたちにも主体的に学習する姿勢がだんだんと浸透してきたように思います」

家庭学習の成果(左)。「家庭学習の手引き」(右)は、教員に負担をかけないよう藤田氏が作成したという

同校は学習習慣や基礎学力が定着している児童が多いため、家庭学習の手引きでは、習い事などの時間も家庭学習と捉えてよいとの考えも明記し、1人1台端末に入っている学習ソフト「スタディ・サプリ」の活用なども推奨。手引きはあくまで例示であり、学習内容は児童とその家庭の判断としている。

実際、ユニークな家庭学習も見られるようになった。例えば、運動会の綱引きのコツを調べてクラスメートに「やってみよう」と呼びかけた6年生、魚の3枚おろしを1人1台端末で動画に収めて紹介する5年生など、自分の興味関心をより深めるケースが出てきた。

興味関心を深掘りする家庭学習も増えてきた

11月には他校からの依頼で、「宿題いる? いらない?」をテーマにした他校の公開授業に同校の5年生がオンラインで参加したというが、そのときの内容が興味深い。宿題を「いる」と回答した児童と「いらない」と回答した児童は他校が半々だったのに対し、同校の児童は「いる」が5人、「いらない」が17人に上ったという。

また同校の児童が、「自分で決められる」「得意なことが伸ばせる」「苦手なことに取り組める」などの宿題がなくなったメリットを伝え、「漢字ドリルや計算ドリルでテスト勉強」「親子で選んだ問題集」「習い事の勉強」などに加えて「朝食や昼食作り」「給食のナプキンや袋作り」「タブレット端末でアニメーション作り」なども紹介すると、他校の児童は驚いていたという。

5年生は、定期的に家庭学習を見せ合う機会を設けている

「本校の周囲は豊かな自然や歴史、文化に恵まれており、地域から学ぶことが非常に多い。そのため学校でも『ふるさと共創教育』を進めており、今後は地域資源が家庭学習とも結び付いていくことを期待しています」

また、宿題を毎日見る必要がなくなったことで、「各担任は“追い立てられ感”がなくなり、給食もゆっくり食べられるようになったのではないか」と藤田氏は話す。ただ、課題もある。

「本校は、全学年2学級(1学級約25名)の編成です。新たな挑戦をしやすい規模であり、当初から宿題廃止に前向きな教員は多かったのですが、一方で自分のやり方を否定されたような気持ちになった教員もいました。教員の意識改革は、今後も課題だと感じています」

「学校・保護者・地域の役割」を整理する時期にきている

宿題廃止は、どの学校でもできるのだろうか。重要なポイントについて、藤田氏はこう語る。

「どんな子どもを育てたいのか、どんな力を身に付けさせたいのかを教員同士で共有すること。保護者には、先生が決して楽をしようとしているわけではなく、宿題を見るよりも児童に目を向け寄り添うことが大切であることを理解してもらうこと。この2つがそろえば、不安の声があっても反対の声は出てこないと思います」

そのためにも、丁寧に話を進める必要はあるが、最も大事なことは理念をぶれずに語り続けることだという。「本校の場合、PTA会長や学校運営協議会会長が大きな力になってくれました。校長が本気を出せば味方してくださる方々は出てきます」と、藤田氏。また、保護者の自覚を促すことも大切だと語る。

「保護者の責任として、わが子の学習状況や学力はきちんと見届ける必要があると考えています。学校が先回りして補習を行うのではなく、問題があったら家庭が心配して学校に相談するというのが本来のあり方ではないでしょうか。まず家庭がどうしたいのか、考えてほしいと思っています。この先、教員の働き方改革の面からも、学校と保護者の役割を整理する必要があるでしょう」

藤田氏はさらに、「地域も含めて大人の役割を見直す必要がある」と強調する。現在、多くの学校で家庭や地域とのつながりが希薄だといわれるが、地域と一体となって教育活動を行う同校でも、コロナ禍で危機感が募ったという。

「例えば本校では、これまで下校の引率はコミュニティ・スクールの方々が協力してくれていましたが、高齢の方が多くコロナ禍で見守りができなくなりました。このとき本校は、保護者に協力を求めました。交通安全指導は学校の仕事ですが、通学の見届けは家庭の責任と考えるからです。教育現場は宿題の問題に限らず、子どもたちを大事に育てるには何をすべきなのかという視点で、大人たちの役割を整理する時期にきているのではないでしょうか」

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、写真と資料:岐阜市立岐阜小学校提供)