作家・黒木亮「部分廃線直前」故郷の留萌線をゆく 英国在住「経済小説」の名手、高校時代に列車通学

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裁判官の実像を描いた異色の作品『法服の王国』に、留萌線が登場する。旭川地方裁判所に赴任した主人公が、留萌支部での裁判のため被告人とともに向かう場面である。

列車の窓の外に見えるのは、もっぱら雪原と林で、ときおり、雪煙の向こうに、屋根に1メートルくらいの雪が降り積もり、軒につららを下げた農家が姿を現す。強い風に追いたてられた雪が、雪原の表面を、白い砂流のように流れていた。
――『法服の王国』(下)、岩波現代文庫

黒木さんが、取材のため2012年冬に留萌線に乗った日は大吹雪だった。「途中の駅で、雪のなかから突然、灯りのともった列車が現れたのは迫力がありましたね」。単線である留萌線で唯一、列車交換(行き違い)を行う峠下駅である。かつては、付近の炭鉱から石炭が積み出されていた。

留萌を発つと、線路の両側に低い山が続く。留萌線は1910年、沿線の石炭や木材を留萌港まで運ぶために敷かれた。人の往来も増し、急行列車が札幌や旭川まで通じていた。留萌の周辺に点在していた炭鉱は、1970 年代にかけて閉山していった。

峠下からトンネルを2つ抜けると、趣のある駅舎が見えてきた。恵比島駅のはずだが、駅名標には「あしもい(明日萌)」とある。1999年に放映されたNHK連続テレビ小説「すずらん」のロケ地となった。炭鉱で栄えた町と駅を舞台に繰り広げられる物語である。昭和の木造駅舎を再現したセットが残る。

ほのぼのとした秩父別駅

恵比島の先で、景色がひらけた。開拓地が石狩川沿いまで広がる。稲刈りの終わった田んぼ。この北空知一帯は北海道でも有数の米どころである。大豆の収穫を終え、茶色の土がむき出しになった畑。まだ植えられたばかりで緑の小麦。北海道の大地、という月並みな言葉しか思い浮かばないが、線路の両側を見晴らす景色を味わい尽くそうと車窓から目が離せない。

黒木さんは、ランナーとしての自伝的作品『冬の喝采』で、高校入学を前に故郷の町を一望した様を描写している。

前方の彼方に、国道と交差するように線路が延び、ベージュと赤のツートンカラーで二両編成のキハ58系ディーゼルカーが、雪原の中を孤独の走者のように走っていた。
――『冬の喝采』(上)、幻冬舎文庫

故郷の秩父別駅は、ほのぼのとした雰囲気に包まれていた。顔を描いたカボチャが飾りつけられ、マリーゴールドの黄色とオレンジがホームの一角を彩る。

秩父別駅の〝守り人〟信平俊行さん(筆者撮影)

駅の〝守り人〟は、信平俊行さん。駅に毎日通い、丹念に手入れする。秩父別で暮らすこと72年。中学時代に長距離走に目覚めた黒木さんにとって、同じグラウンドを走っていた先輩ランナーである。

冬季の雪下ろしの仕事を2013年にJR北海道から請け負った頃から、ボランティアで花を育て始めた。マリーゴールドは種をとり、来春また植える。カボチャは自身の畑で育てたものという。「楽しみでやっています。駅を人が通るのは朝夕だけだから、明るくしたくて」。

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