ICT教育では「技術」よりもそれを使う「人間」に注目する

熊本市教育センター主任指導主事の前田康裕氏が、文と漫画を担当した著書『まんがで知るデジタルの学び ICT教育のベースにあるもの』(さくら社)は2021年12月に発売以来、教育関係者を中心に多くの人々に読まれており、オンライン読書会や、著書の内容を題材とした勉強会、セミナーなどが全国各所で行われている。

学級経営の腕は確かだがICT機器を扱うのは苦手なベテラン教員を中心に、“紙と鉛筆”派の教員、失敗を恐れずICTを活用した授業に挑戦する新任教員、ICTの知識に長けた指導教員、生徒指導主任など、さまざまな人物が登場する。GIGAスクール構想に戸惑いながらも、端末を生かして子どもたちの創造性を引き出し協働学習を進めていく様子、教職員一人ひとりが、端末を使うことによる課題や問題意識と向き合いながらも自らが学びを深めていく様子などが、漫画と、わかりやすくかつ示唆に富んだ文章で構成されている。

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出所:『まんがで知るデジタルの学び ICT教育のベースにあるもの』

「デジタルの学びとは何か」「デジタルの学びで何ができるのか」についてはもちろんのこと、「そもそも学びとは何か」「教員とは何か」といった「教育の根源」についても言及された、新しいタイプの教養書である。

「変化の激しい時代を生きる子どもたちには、ICT端末を上手に使いこなしながらさまざまな問題を周りの友達や先生と協働して解決していく力が求められています。このような力を育てるために大切なのは、教員が自身の発想を変え、従来の授業方法を見直し改善していくための方法を考えていくこと。とかくICTを使った教育では“技術”のほうに注目がいきやすいのですが、それを使う“人間”のほうにこそ注目すべきだと思います」と、前田氏は言う。

「教員自身が発想を変え、従来の授業方法を見直し改善していくための方法を考えることが大切」と話す前田氏

“教師が教える授業”から“子どもたちが学び取る授業”へ

ICTと学力の関連性について、興味深いデータがある。OECD(経済協力開発機構)が12年に調査した結果によると、「ICT機器をOECD平均よりも使っていない学校のほうが、よい成績を上げている」ということが明らかになったのだ。

また、OECDの教育・スキル局長アンドレアス・シュライヒャー氏は、「私たちが断片化した方法で学校にテクノロジーを導入し続ける限り、テクノロジーの可能性を実感できない」と提言している(出所:『教育のワールドクラス 21世紀の学校システムをつくる』アンドレアス・シュライヒャー著 明石書店)。

GIGAスクール構想のアンチテーゼとも受け取られかねないこれらの事実を、どう解釈すればよいのだろうか。

「日本でこれまでよく行われてきた授業のスタイルは、『教える教員→教わる子ども』と、いわば一方通行の“教師が教える授業”でした。教員が黒板に書いて説明し、質問を伝え、手を挙げた子だけが答えて授業が進んでいく。このような従来どおりの授業スタイルの中にICTを取り入れたとしても、端末は『単に検索する』『単に清書する』ためだけの=“断片的”にしか使われず、教育効果は上がらないでしょう」

デジタル社会を生きる子どもたちが大人になったとき、「ICTを適切に、誰かの役に立つように使えるよう育てていく必要があります」と言う前田氏。

「 “教師が教える授業”もある程度は必要ですが、“子どもたちが自ら気づき、学び取る授業”に拡張していくことが大切です。教師が『今日のめあては○○です』と指し示す授業から脱却し、一人ひとりが『なぜだろう』『調べてみたいな』『どうしたら解決できるんだろう』など、“子ども主体”でめあてが設定できるよう導入を工夫し、友達や先生と対話を繰り返しながら課題を解決していく。そして、『自分は何を学んだのか』『学び方はどうだったのか』を振り返る。『めあて』と『対話』と『振り返り』を重視した授業において初めて、ICT端末は、課題を発見したり、情報を収集したり、効果的に表現したりなど“学習に必要な道具”として存在し、子どもたちが主体的に学ぶ力が育まれていくのです」

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出所:『まんがで知るデジタルの学び ICT教育のベースにあるもの』

ICT端末は子どもたちが協働的に学び合うためのメディア

ICTを活用した“子どもたちが自ら気づき、学び取る授業”とは、例えばどんな内容なのか。著書では、5年生の社会科「日本の米作りの課題」の授業が事例として紹介されている。

「授業の導入で、教師が日本の減反政策の背景について説明した動画を子どもたちに見せます。それを受け、子どもたちは自ら『米の生産を減らしていいのか?』『米の代わりに何を作っているのか』などと問いを立てていきます。その後教師は、『米作りの課題を解決するための人々の努力や工夫を伝えるコマーシャルを作り、おうちの人に見てもらいましょう』と目的を示し、これを達成するためにはどんなことができるようになればいいのかを子どもたちに問いかけながら授業を進めていきます」

「情報の集積と共有が一度にできる」というICTの特性を活用することで、子どもたちが立てたさまざまな問いが大画面に映し出され、周りの友達の意見や考えを知ることができる。これにより、子ども同士で対話しながら教科書やICTで調べ学習を進め、学んだことを振り返りながら伝えたい内容を明確にしたり、適切な表現を工夫したりしながらコマーシャルを作る。完成したコマーシャルを発信、共有することで、まとめ方もお互いに学び合うことができることに加え、情報活用能力を育成することもできる。

「“子どもたちが自ら気づき、学び取る授業”において、ICT端末は協働的に学び合うためのメディアとして、極めて効果的にその役割を果たすのです。教師の役割は、このような学びの中で、子どもたち一人ひとりの変化を捉え、フィードバックしていくこと。“教える人”ではなく、自律した学習者を育てる“ファシリテーター”として存在することが望まれています」

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出所:『まんがで知るデジタルの学び ICT教育のベースにあるもの』

学校から保護者へ情報発信を、保護者も学ぶ姿勢が大切

情報の集積と共有、協働学習のしやすさなど、たくさんのよい点がある反面、間違った情報を信じたり、データを加工できるため真実と異なるものを作ってしまったりなどの“危うさ”も併せ持つICT。

GIGAスクール構想がスタートしICT端末を使い始めたものの、子どもたちが親に隠れて動画を見たり、友達にいたずらメールを送ったりするなどのトラブルが発生し、その対応に悩む学校も少なくない。

「端末の使い方に関しては、ここ数年間はこのような混乱は続くでしょう。ただ、『トラブルを起こしたから端末を使わせない』という発想のままでは、問題は何も解決しません」と、前田氏は言う。

「これまで日本の子どもたちにとって、タブレットやスマホなどのICT端末は、“学習の道具”という位置づけがされず、主にゲームやチャットを楽しむための“おもちゃ”でした。だからこそ、小学生のうちから可能な範囲で端末に触れ、『こういうふうに使うと役に立ったり喜ばれたりする』『こういうふうに使うと人に迷惑をかける』など、さまざまな経験を重ねながら “学習の道具”としての使い方を少しずつ身に付けていくことが必要です」

そのためには、学校から保護者へICT教育の授業実践など情報発信を行い、保護者も一緒にICT端末の使い方を学ぶ姿勢が大切だという。

「『ICT端末はオンライン授業(遠隔授業)のために導入された』と思っている保護者がいまだに多く、その本来の目的が正しく伝わっていないのが現状です。学校と保護者が歩み寄り、ICT教育で目指す未来の子どもの姿について共有し、望ましい端末の使い方を一緒に考えていくことが必要です。保護者はICTと向き合う子どもの姿を見守りながら、自身も社会人として学び直しをする感覚で、ICTを使ったこれからの生き方を考える機会にしてほしいと思います」

教師自身も「学び手」として成長していく

熊本市内の公立小・中学校に勤務後、熊本大学教育学部附属小学校で教鞭を執っていた1995年。かねて「ICTは子どもたちにとって興味深い存在になるはずだ」と思っていたという前田氏は、当時学校に備えられていなかったパソコンとデジタルカメラが整備される際に、その導入計画を行った。

「子どもたちとコンピューターグラフィックを学んだり、『きれいだな』と思ったものをデジタルカメラで撮影したり、コンピューターを使って合唱の練習をしたりしていました。このような活動に子どもたちが夢中になり学びを深めていく様子を見て、ICTを使うとこれまでとは異なる授業ができること、子どもたちが心から『面白い』と思うことは、結果的に子どもたちの技能や知識に結び付くことに気づきました」

99年、サンフランシスコで開催されたICTによるプロジェクト学習の研修会に参加し、「ICTは“学び方”にこそ秘訣がある」と実感。

2017年熊本大学教職大学院准教授に就任し、翌年の18年、熊本市はGIGAスクール構想に先がけ、熊本大学、熊本県立大学、NTTドコモと産学官連携協定を結ぶ。前田氏はICT教育の専門家として熊本大学から熊本市の教育を支える立場となり、市内の各校を回り、ICT教育の現状を把握しながら「熊本市版ICT教育モデルカリキュラム」を作成した。

長年の教員経験に加え、教師を教える立場として教育現場の現状を熟知する前田氏。現場の悩みや苦悩も十分理解しているからこそ、教員たちに注ぐまなざしは温かい。

「教師は、ICTの達人である必要はありません。教師はいろいろな知識を蓄えていますが、ことICTに関しては、子どものほうが優れていることがたくさんあります。教師自身もICTを生かしながら、子どもたちと一緒に“学び手”として成長していくことが大切です。

子どもたちがICTを活用して表現したことや考えたことに対して、教師自身が『すごいね』『面白いね』などと素直に思える感性を持ち、子どもたち一人ひとりのよさを引き出していく。そうすると、自分自身も楽しいし、幸せな気持ちになれるものです。子どもはそんな先生の姿を見て、真の意味で“自律した学習者”として成長していくのではないでしょうか」

前田康裕(まえだ・やすひろ)
熊本市教育センター主任指導主事
1962年熊本県生まれ。熊本大学教育学部美術科を卒業後、公立の小中学校で25年教える。現職教師を務めながら岐阜大学教育学部大学院教育学研究科を修了。公立小中学校教諭、熊本大学教育学部附属小学校教諭、熊本市教育センター指導主事、熊本市立向山小学校教頭、熊本大学教職大学院准教授、2021年4月より熊本市教育センター主任指導主事。『まんがで知る 教師の学び これからの学校教育を担うために』『まんがで知る 未来への学び』シリーズ(以上さくら社)ほか著書多数

(企画・文:長島ともこ、写真:すべて前田康裕氏提供)