川村元気「作り手さえビックリする物語が面白い」 「失われたものに想像力を働かせる人間を信じる」

小説を書く行為は地獄巡り。信じるために疑う
──『神曲』のような題材では、取材もそうですがテーマを整理、自分のスタンスを決めるのもそうとうに大変だと思います。執筆のモチベーションはどのように湧いてくるのでしょうか?
小説を書くときのモチベーションは、自分が不安で解決したいこと、「未知の街の地図」を描くみたいな感じなんです。とりあえず怖いけど、わからないけど歩き回って、ここは危ない所だとかここには景色のいい場所があるとか、そういう感じで地図を完成させていくような作業です。僕が知りたいことはきっと皆が知りたいことであると仮説を立て、それを裏付けるために取材を重ね、神の正体ってこういうことなんだとか、人間が何かを信じられなくなる瞬間ってこうなんじゃないかとか、地図を完成させるように探求していくのです。
例えば、どうして人は新宗教に入信してしまうんだろうって思うわけです。あるいは入信してしまった人の心の中、頭の中ってどうなっているんだろうという興味とか。どんなに言っても洗脳から解かれない人がいるわけじゃないですか。なので第2幕は、そんな自分の疑問を解決するために、「すっかり洗脳されてしまった母親」の一人称目線で書いてみたんです。そうしたら、洗脳された状態そのものがわかるんじゃないかと思って。
そんな母親の気持ちを探りながら書いてみたら、意外なほどに整っていて、静謐な世界でした。汚くて信じられないものばかりの世界でも、信じられるものしか見ないで生きるのならば、そこは不安のない美しい世界なのだということが、書きながら実感できました。周りから見たら洗脳されているかもしれないけど自分の中では整っている、そういうものを文章にしてみたいなと思ったんです。
──まさにその第2幕を書いているときのモードというか、いろんなことをリサーチして整理していく段階は、映画プロデューサーとしてやっていることと近いことだと思うのですが、登場人物になりきって書く第2幕はそうとうに潜らないと書けない気がします。執筆中はどんな感覚なのでしょうか?
もうめちゃめちゃ体調悪くなります(笑)。小説を書く行為自体を2年に一度の「地獄巡り」って呼んでいるんですけど、ああ、またこの地獄の半年間がやってくるのだって思うんです。1年半かけて取材して半年かけて書くんですけど、その半年は毎日頭痛だし胃腸も壊すし、本当にボロボロになります。でもそれもデトックスのプロセスで、1年半かけて食べた「自分が怖いと思うもの」とか「わからないもの」とか、ほったらかしにしていた悪いものを書きながら吐き出しているんですよね。だから、きついんです。