6年前、父を亡くした娘が結婚に踏み切れない訳 小説「さよならも言えないうちに」第4話全公開(2)

拡大
縮小
「私だけが幸せになるわけにはいかない」と彼女が彼のプロポーズを受けられないワケは?(写真:Ushico/PIXTA)
世界中で話題沸騰のベストセラー、日本でシリーズ140万部突破の小説『コーヒーが冷めないうちに』。シリーズ最新作『さよならも言えないうちに』の中から第4話『父を追い返してしまった娘の話』を丸ごと、東洋経済オンライン限定の試し読みとして3日連続3回に分けてお届け中。
今回は第1回「19歳の娘が父へ放った一言、取り返せない時間」(12月1日配信)に続く第2回をお届けします。

「やり直せる? もう一度、あの日を?」

路子には婚約者がいた。

名を森祐介(もりゆうすけ)といい、同じ会社の同期で、知り合ってから三年になる。

この喫茶店で過去に戻れることを路子に教えたのは祐介だった。

路子も最初から信じていたわけではない。むしろ、「過去に戻れる」などというバカ話を持ちかけてくる祐介に怒りさえ覚えた。路子はその時、冗談はやめてと一蹴した。

だが、祐介はゆずらなかった。

祐介は、実際に過去に戻ったことのある、清川二美子(きよかわふみこ)という女性から話を聞いたのだという。清川二美子は、祐介が担当する取引先のシステムエンジニアだった。まだ二十代でありながら大きなプロジェクトを任されるその手腕は、同業者である路子の耳にも届いている。

「僕には清川さんが嘘をついているようには思えない。もちろん、路ちゃんのことは話してないし、清川さんが僕にそんなでたらめな話をするメリットもない。なんだか、めんどくさいルールがあるとかなんとか言ってたけど、本当に過去に戻れるっていうんなら、戻ってみたら?」

「でも」

「過去に戻って、やり直せばいいじゃないか。今度は追い返さずに、お父さんを東京に足止めすればいい。そうすれば……」

(やり直せる? もう一度、あの日を?)

その一言が路子の心を動かした。

路子は、父を追い返してしまった後悔から、思い出すたびに動悸(どうき)が激しくなるほどのトラウマを抱えて生きてきた。この喫茶店に入るのにも、どれほどの勇気をふりしぼったことか。

それなのに……。

「そんなに落ち込まないでよ。仕方ないでしょ? ルールなんだから」

高竹が路子の向かいに座って声をかけても、路子は突っ伏したまま、ピクリとも動かない。

「だめだこりゃ」

高竹は肩をすくめて、流に首を振ってみせた。

カランコロン

「いらっしゃいませ」

入ってきたのはカジュアルスーツに身を包む青年だった。

「お一人様ですか?」

流が声をかけると、青年は軽い会釈ののち、テーブルに突っ伏す路子のもとに歩みよる。

「路ちゃん」

青年が路子に声をかけると、路子は「あ!」と声を漏らし、顔をあげた。

「祐介君……」

この青年が路子に過去に戻ってみるようにすすめた森祐介である。

「外でずいぶん待ってたんだけど、戻ってこないから……」

「ご、ごめんなさい」

「いいよ」

次ページ「やっぱり、私、結婚できない」
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
猛追のペイペイ、楽天経済圏に迫る「首位陥落」の現実味
猛追のペイペイ、楽天経済圏に迫る「首位陥落」の現実味
ホンダディーラー「2000店維持」が簡単でない事情
ホンダディーラー「2000店維持」が簡単でない事情
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
【浪人で人生変わった】30歳から東大受験・浪人で逆転合格!その壮絶半生から得た学び
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT