悪しき成り上がり?平清盛が大出世した真の経緯

武家出身でありながら貴族社会で出世した手腕

組織のなかで生きる以上、「人事」は無視できない。それは今も昔も変わりなく……(写真:リカポンタス/PIXTA)
現代を生きる私たちの多くは、なんらかの組織に属し、組織人として生きている。そして、組織のなかで生きる以上、「人事」は無視できないだろう。もちろん、「人事」が重要なのは現代に限らない。
歴史学の第一人者たちである遠山美都男、関幸彦、山本博文の3氏が「抜擢」「派閥」「左遷」「昇進」などから歴史を読み解いたユニークな日本通史『人事の日本史』。本書から平清盛の「『バランス』で到達した頂点の座」について抜粋して紹介する。

平清盛は「悪役」か?

平安末期に権勢を振るった平清盛といえば、ひと昔前は「悪役」のイメージが強かった。

これはやはり、『平家物語』の影響が大きいだろう。あの「驕れる者も久しからず」である。武家出身でありながら貴族社会で出世の階段を上り詰めた清盛は、悪しき「成り上がり」であり、傲岸不遜な権力者の典型というわけだ。

清盛は、「清く正しい武士」対「腐敗した特権階級たる貴族」という庶民的歴史観のなかで分が悪かったのと同時に、戦前の皇国史観のなかでもイメージが悪かった。源頼朝の鎌倉政権をはじめ、のちの武家政権が天皇家と一定の距離を保ったのに対し、清盛は京都にあって、後白河院を「幽閉」したからだ。

しかし、こうした一方的ないし画一的な「悪役」清盛像は、大衆のイメージのなかでも徐々に是正されつつあるようだ。歴史学でも、古代から中世への転換を促した「政治家」清盛の見直しが以前から行われている。

ここでは、「人事」という面から、従来の清盛像を見直してみたい。

武力を専売特許としていた平氏が王朝権力に同化していく過程は、会社で言えば、専門職から出発した人が経営陣に参入していくサクセスストーリーである。

ここで清盛には、「悪役」イメージの延長線上で、「不正に」出世の階段を上った、と思われてきた面がある。つまり、武力で周囲を威圧しつつ、暴力的に地位をもぎ取ったというイメージだ。

清盛の出世に関しては、従来、もう一つの説がある。清盛は実は白河院の子、つまり「ご落胤」であり、そのために異例の出世を勝ち取った、という理解だ。

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