馬毛島を通り過ぎた開発プロジェクトの「正体」

石油備蓄基地から放射性物質の処分場まで

馬毛島は平坦な島で、最も高いところでも標高70メートルほどしかない。写真は2011年撮影(筆者撮影)

馬毛島を訪ねるには、同島の元オーナー、立石勲氏が経営していた会社の船で渡るしかない。

種子島の西之表港から船に乗って20分ほど。恐ろしく平坦な島の東側に、同島のオーナーだった建設会社経営の立石勲氏が自社で建設したという船着き場や6階建ての事務所兼宿泊施設があった。作業員用の飯場のほか、自らの名前を冠した「立石神社」まであった。

島の99%以上の土地は、立石氏が代表取締役を務めていたタストン・エアポート(旧・馬毛島開発)が所有していた。馬毛島開発はこの島を開発するために設立された。そのため、島の道路はすべて私道で、島内を走る車両にはナンバープレートが付けられていない。

島で最も高い「岳之腰」と呼ばれる高台にたどり着くと、戦時中に海軍が設置したというトーチカが残る。ここからは広大なこの島を一望できる。

石油備蓄基地から一大レジャー施設まで

2011年に訪れたときには、島のそこかしこで重機が「バリバリ」とすさまじい音を立てて岩盤を掘削し、35トンもある巨大なダンプで土砂を運んでいた。4200メートルと2400メートルの2本の滑走路を自力で建設する工事を進めている最中だった。

上空からこの島を撮影すると、岩肌が削り取られて十字のように見えるのはこの時の作業によるものだ。まるでこの島の歴史が背負った十字架のようだ。

島の一角には、かつて有人島だった時代の名残がある。小学校だった建物の跡である。島の人口がピークだったのは1950年代末。当時は500人を超える住民がいた。終戦直後の食糧難の時代に緊急開拓事業として開拓団が入植。水資源に乏しかったが、サトウキビ栽培や酪農などを営んでいたという。>>記事はこちら

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馬毛島を通り過ぎた開発プロジェクトの「正体」

日米中に翻弄された「馬毛島」と怪人物の戦後秘史

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