急ピッチで進んだ「1人1台」体制、現場の混乱は織り込み済み

GIGAスクール構想の実現に向けたICT環境の整備は、当初の計画を3年も前倒しして実現した。全1812自治体のうち、1769自治体(97.6 %)の端末納品が20年度末に完了したことで、文部科学省初等中等教育局の情報教育・外国語教育課長の今井裕一氏は、21年度を「いよいよ環境整備から利活用推進のフェーズに切り替わった大きな節目」と話す。

文部科学省 初等中等教育局情報教育・外国語教育課 課長
今井 裕一(いまい・ゆういち)
1995年文部省(現・文部科学省)入省。高等教育局大学振興課教員養成企画室長、同専門教育課専門職大学院室長、初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室長、大臣官房総務課副長、内閣参事官(内閣総務官室)などを経て2020年7月より現職

とはいえ、43自治体(2.4%)は納品未完了だ。主な理由は「端末の需給逼迫等による納期遅延」「入札の公示等はしたが不調になった」というもの。「端末本体は納品予定であるものの、インターネット接続回線の開通までに一定期間を要する」自治体もある。また、今後の納品予定については約半数が1学期中に完了としているが、残り半分は2学期以降になる。仮に端末が行き渡っても接続設定に手間取れば、さらにICT活用が遅れ、子どもたちの一定水準を保った公平な教育を受ける機会が損なわれることになる。

この問題について今井氏は「各自治体と連絡を取りながら、できるだけ早い納品に向けて、国としてできる支援を考えて働きかけていきたい」との意向を示す。

もともと19年12月に打ち出されたGIGAスクール構想では、段階的に「1人1台端末」の導入を進め、23年度中に達成するロードマップを掲げていた。それが20年の新型コロナウイルス感染症拡大防止のために全国の学校が一斉に臨時休業となり、学びを止めない対策としてオンライン授業の実現が急務となったことから、「1人1台端末」の環境整備が3倍速、4倍速の勢いで進められた。

当然、前例のない急展開に現場の混乱は必至だ。それを見越して文科省は「GIGAスクール構想の下で整備された1人1台端末の積極的な利活用等について」という留意事項をまとめた通知を、21年3月12日に各自治体、学校設置者等へ送った。併せて学校設置者等が新しいICT環境を本格的に運用するに当たり確認しておくべき事項などを記した「GIGAスクール構想 本格運用時チェックリスト」「ICT の活用に当たっての児童生徒の目の健康などに関する配慮事項」「1人1台端末の利用に当たり、保護者等との間で事前に確認・共有しておくことが望ましい主なポイント」も添付した。

これらのチェックリストや整理ポイントは「ICT活用が先行する自治体が行ってきたことを可視化したものです。留意点や配慮事項を整理して提供することで、現場の不安を少しでも解消できればと考え、通知しました。4月以降、さらにさまざまな悩みが出てくるはずですので、現場の状況を把握しながら第2、第3の対策を講じていくつもりです。端末の運用管理や、教育での利活用について支援が必要であれば、ICT活用教育アドバイザー、GIGAスクールサポーター、ICT支援員といった外部人材を活用することもできますし、20年12月末に教員のICT活用指導力の向上のために、よりよい支援を行う『GIGA StuDX(ギガ スタディーエックス)推進チーム』を文科省内に立ち上げました」(今井氏)という。

教育現場に求められる変化への柔軟、機敏な対応

GIGA StuDX推進チームは、教員あるいは教育委員会の経験があり、ICT教育や学校の実情に精通する8人の専属メンバーで構成されている。今後は、全国の教育委員会や学校などの声を聞き、現場の参考となる事例の発信・共有などによって、支援活動を展開していく。また「1人1台端末」の活⽤⽅法に関する優良事例や指導面における悩みといった本格始動に向けた対応事例などの情報発信・共有を行うサイト「StuDX Style(スタディーエックス スタイル)」も開設。徐々にコンテンツの拡充を図り、教員をサポートする体制を強化していく。

GIGAスクール構想をシステムやソフトウェアの開発に例えるなら、ウォーターフォール型だったプロジェクトが、アジャイル型に急に変更されたようなものだ。100%完成してからスタートするよりも、完成度は低くてもスピード重視でプロジェクトを走らせ、その中で変更、修正のアップデートを繰り返してクオリティーを上げていく。そのやり方に戸惑いや批判はあるかもしれないが、学びが変わるGIGAスクール元年が幕を開けたのだから、教育現場も新しい環境を受け入れ変化すべきだろう。

「データを取ったわけではありませんが」と前置きしつつ、今井氏はこんなエピソードを紹介する。

「本格運用時チェックリスト」などを利用して「ソフトや機能を制限せず活用する方向で検討をお願いしたい」と話す今井氏

「例えば、子どもたちがICT端末を使ってインターネットで望ましくない情報に触れたり、そこでトラブルが生じたりするのではないかと心配する学校、教員も少なくありません。端末を家に持ち帰ることができるので、学校外でのトラブルをおそれて、文科省が標準搭載してほしいと考えるソフトや機能を、学校設置者や現場の判断で端末のセッティング時に絞っている場合があると聞いています。われわれとしては、子どもたちに使いこなしてほしいと思うソフト、機能を提示しており、こうした懸念をクリアするために『本格運用時チェックリスト』などを用意していますので、ぜひしっかり準備をしていただいたうえで、ソフトや機能を制限せず活用する方向で検討をお願いしたいと思います」

高校「1人1台端末」、デジタル教科書、CBT化などタスクは山積

過剰反応していては、ICT活用教育は進まない。ましてやGIGAスクール構想は、序章が始まったにすぎない。この構想の目的は、多様な子どもたちを誰一人取り残すことなく、個別最適な学びを全国の学校現場で持続的に実現することだ。学校の授業におけるデジタル機器の使用時間はOECD加盟国で最下位という世界標準から見た教育格差も早急に埋めなければならない。

つまり「1人1台端末」は目的を達成させる一手段、単なる通過点なのだ。この先にはBYODあるいは都道府県など学校設置者負担による高校での1人1台端末の環境整備、デジタル教科書・教材の普及促進、そして教育データを収集、効果的に利活用するためのLMS(Learning Management System)の導入、緊急時に学校や家庭でオンライン学習ができるCBT(Computer Based Testing)システム「MEXCBT(メクビット)」の開発・全国展開など、タイムライン上にはさまざまなタスクがのせられている。

すでに国公私立高校の1人1台化は、低所得世帯などの生徒が使用する端末について国が予算をつけて支援することが決定している。「高校は義務教育とは異なり、学びも普通科、専門学科、総合学科と非常に多様性があります。こうした特殊性に応じて学校設置者へ1人1台化に向けた努力を促しつつ、国としても義務教育段階での教育環境を高校で途切れさせないよう、小中高一気通貫でICT環境整備に取り組みたい」(今井氏)としている。

また、デジタル教科書については24年からの本格導入を目指し、3月17日に「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議」が中間まとめを公表したが、今夏に最終報告が行われる見通しだ。

CBT化についても3月30日に8回目の「全国的な学力調査のCBT化検討ワーキンググループ」を開催。20年8月に出した同ワーキンググループの中間まとめを踏まえ、全国学力・学習状況調査のCBT化に向けて、21年度中に小中学校各50校、小学6年生と中学3年生の児童生徒約1万人を対象に小規模な試行・検証に取り組み、この結果に基づき22年度にネットワークやシステム等、技術的な要件などについて検討を重ねる計画だ。

教育のデジタル化を加速させるためには、省庁連携も不可欠になる。GIGAスクール構想は内閣官房IT総合戦略室、経済産業省、総務省、文科省が協働しながら進めてきた施策だが、環境整備がほぼ終了したこれからは、それぞれの省庁の強みを生かしながら利活用の促進を図る必要がある。9月1日にデジタル庁が発足し、国と地方の情報システムの共同化・集約などが進めば、教育データの利活用も一気に進む可能性が高まる。

「デジタル庁はこれまでの縦割りを排して、国全体のデジタル化を主導する役割を担っています。同庁が打ち出す方針・施策を踏まえ、文科省でも教育分野について具体的な議論を始めることになるので、デジタル庁とともに、われわれとしても今まで以上にしっかりと取り組みたい」と今井氏は文科省の確固たる決意を表している。

※都道府県、市区町村、一部事務組合を含む公立学校情報機器整備費補助金の対象である公立の義務教育段階の学校設置者

(写真は文科省提供)