源氏物語で「女の死」の場面ばかり描かれる理由 葵上も、藤壺も、夕顔も、六条御息所も…

拡大
縮小
『源氏物語』に登場する女性たちの死について考える(イラスト:花水木/PIXTA)
日本文学の金字塔『源氏物語』。『源氏物語』に描かれる死の場面から、紫式部は何を伝えたかったのか? 古典学者・作家・書誌学者の林望さんから、教養としての『源氏物語』の読み方を『源氏物語の楽しみかた』をもとにご寄稿いただきました。

最愛の紫上の死は『源氏物語』のクライマックス

「御法」で描かれる紫上の死の場面は、『源氏物語』全体のクライマックスと言っても、まず言い過ぎではあるまい。

紫上という人は、源氏が妻として真剣に愛した唯一の人であった。あの須磨明石へ蟄居の折に、いつだって源氏の脳裏に浮かび来たのは紫上であったし、帰京後、また共に暮らすようになった折の叙述に、源氏は、この君の魅力が天下無双のものであることをつくづくと再確認し、「いったいどうやって平気で何年も逢わずにおられたものであろう」と我ながら訝しくさえ思ったとある。

それほどに源氏が心を込めて愛した人が、物の怪の祟りでもなく、まったくの定命(じょうみょう)によって、何の苦しみもなく「消えゆく露の」ようにも儚く死んでしまうのだが、しかし、その死の床には、源氏も、明石の中宮も、夕霧も、みな囲繞して看取っていた。こんな幸福な死に方をした女君は、この人を置いて他にはいない。

そしてその死のあと、源氏は腑抜けのようになってしまって、ただ茫然、鬱々と一年を過ごし、この物語からふっと退場するのである。

しかるに、この物語をずっと通読してみると面白いことに気がつく。それは、柏木を唯一の例外として、「死」の場面が描かれるのは女たちばかりで、男たちの死はほとんど全く描かれないことだ。

次ページ葵上の死──源氏に看取らせず死ぬという復讐
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT