優勝は沖縄のAMICUS RS

嵐に襲われ、電力がダウンしてメインストリートが倒木でふさがれた村。避難所では緊急物資が届くのを待っている――。これが、国際的ロボットコンテスト「WRO(World Robot Olympiad)」のレギュラーカテゴリにおける2020年の小学生向け課題の設定だ。「電力の回復」「倒木を取り除く」「緊急物資の配達」の3つを、ロボットで行うのがミッションとなっている。

これらのミッションは、オブジェクトと呼ばれるブロックを動かすことで達成される。スピードもポイントとして加算されるため、正確かつ効率的なルート計算をしたうえで、オブジェクトを正確に識別し、適切に運搬できるようにプログラムもロボットの機体も工夫しなければならない。

非常に高度な技術力が要求されるわけだが、WRO Japan 2020 決勝大会on the WEBのレギュラーカテゴリ、エレメンタリー部門(小学生)で優勝した「AMICUS RS」(沖縄アミークスインターナショナル小学校)の実演は圧巻だった。ノーミスですべてのミッションをクリアし、満点をマーク。スピード感あふれる滑らかな動きは、いかに精緻なプログラムがなされているかを雄弁に物語っていた。ぜひ以下の動画を参照いただきたい。

特筆すべきは、規定時間の半分しか使わずフィニッシュしていたことだ。満点のチームはもう1つあったため、最終的に勝負を分けたのはタイム差。では、タイムを縮めるためにどのような工夫をしたのか。選手の1人である小学5年生の金城颯真(そうま)くんは、次のように話す。

「3つオブジェクトを運ぶ必要があるのですが、いちいち行き来するより一度に運んだほうが効率的だと思いましたので、3つ持てるようにロボットをつくりました」

簡単そうに聞こえるが、使用するロボットキットや大きさは定められている。3つ持てるようにするだけでもかなりの工夫が必要だ。大会前日にも形を変えるなど、何度もロボットに改良を加えたという。当然、それに伴ってプログラミングも試行錯誤を繰り返した。AMICUS RSのコーチである佐和田尚登さんは、その難しさについてこう説明する。

「ロボットのプログラミングは答えがないんです。ゲームならばデバッグすれば修正できますが、ロボットはその日の湿度や天気、どんな照明を使っているかなどのさまざまな条件によって動きが変わりますので、ゴールさせること自体も決して簡単ではありません」

※デバッグ:コンピュータープログラムの誤りや欠陥である「バグ」を発見して修正する作業のこと

大会前に練習を繰り返すAMICUS RSの2人。6年生の山田黎弥くん(左)は「ロボットアームの技術者」、5年生の金城颯真くん(右)は「宇宙飛行士」が将来の目標

実際、WROの参加チームでも、すべてがゴールまでたどり着けるわけではない。WRO Japan 2020 決勝大会on the WEBのレギュラーカテゴリ、エレメンタリー部門(小学生)には9チームが参加したが、2回行う競技で2回とも完走したのはAMICUS RSともう1チームのみ。2回ともリタイヤとなったチームもいくつもあった。その中で、精度とスピードを両立させられたコツはどこにあるのか。もう1人の選手である小学6年生の山田黎弥(れいや)くんは、こう語る。

「線に沿ってロボットを動かす『ライントレース』をいかに制御するかがカギです。限られたセンサーで、周囲の光や色などの情報をできるだけ取り入れないといけません」

先を行くシンガポール、台湾

高度な技術力を発揮しているAMICUS RSだが、現状には全く満足していないようだ。コーチの佐和田さんはこう話す。

「世界に比べればまだまだです。2年連続で国際大会に出場しましたが、2年とも6位でした。1位、2位のシンガポールや台湾とのレベルの差はすさまじいものがありますので、なんとか追いつき追い越したいですね。まずは2021年の大会でメダル圏内を目指します」

このように世界水準を知ることができるのも、WROに参加するメリットのひとつだ。そもそもWROはシンガポール国立サイエンスセンターの発案で04年に誕生。現在は約75の国・地域で予選会が行われ、代表チームを選出。国際大会で世界一が競われている。参加チームも右肩上がりに増え続けており、04年に4468チームだったのが、19年には2万8942チームと6倍以上になっている。

出所:WRO Japan

「国を挙げて取り組んでいるところも増えています。18年に国際大会を開催したタイやロシアの成績に、そのような力の入れようが表れています。また、国際大会に参加する選手達が様々な国々のチームと国際交流を体験できるのも、WROの特色のひとつです」

そう力を込めるのは、WRO Japan事務局長の羽賀孝夫氏。さらに、社会課題に即したテーマを設けているのも特徴的だ。ここ数年はSDGsに関したものが取り上げられており、19年は食糧問題、20年は気候変動だった。冒頭で紹介したレギュラーカテゴリの課題である「嵐」も、それに合わせたものなのだ。WRO国際委員で、WRO Japan顧問・ファウンダーの小林靖英氏は、その狙いについて次のように話す。

「SDGsの諸問題を解決していくには、これからの時代を担っていく子どもたちの力が必要になります。こうしてテーマにすることで、それぞれが考えたり調べたりして、世界を身近なものにしてほしいと思っています」

こうした社会課題の解決に比重を置いたのが、オープンカテゴリの競技だ。定められたミッションに対するクリアポイントとスピードを競うレギュラーカテゴリとは異なり、「ロボットを使ったソリューション」を企画・開発し、プレゼンテーションまで行う。より実社会の課題解決に直結する取り組みといえる。

発想が抜群「うんち回収ロボット」

驚くことに、WRO Japan 2020 決勝大会on the WEBでは低学年、それも小学1年生がこの高度なソリューション開発にチャレンジした。「チーム回収」として参加した、東京・渋谷区立西原小学校の黒澤晴樹(くろざわはるき)くんだ。そのクオリティーも非常に高く、エレメンタリー部門で優秀賞を受賞。WRO Japan顧問・ファウンダーの小林氏をして「発想に度肝を抜かれた」と言わしめたソリューションとはどのようなものなのか。黒澤くんのプレゼンテーションを再現しよう。

「ぼくは牛乳が大好きです。給食の牛乳は北海道から東京へ運ばれているので、学校で牛乳をつくって輸送による排ガスを減らそうと考えました。学校の屋上で6頭の牛を飼えば、給食分の牛乳をつくれます。でも、牛はうんちをするので、ニオイが問題になります。牧場なら肥料にできますが、学校では周囲の迷惑にもなるので、『うんち回収ロボット』を考えました。牛が落とすうんちをキャッチし、タンクがいっぱいになったら下水道に流します」

給食で必要な牛乳の量を何頭の牛でまかなえるのか、牛はどんな環境なら飼えるのかといったことは、学校に納入しているメーカーに問い合わせて情報収集したという。「うんち回収ロボット」の構造にも工夫を凝らし、一定量が溜まるとタンクが開くよう当該部分にモーターを取り付けたほか、うんちを落とすとき開閉部分に引っかからないよう、真ん中へ落とすようにしている。

オープンカテゴリのエレメンタリー部門で優秀賞を受賞した小学1年生の黒澤晴樹くん。将棋も大好きで、将来の目標は「将棋の竜王」。

大会の時点では6歳だった黒澤くんは、プラネットキッズという知育教室でプログラミングに出会った。教育版レゴのWeDo2.0やマインドストームを使ってプログラミングを学べるクラスがあり、2歳から通っている。同教室の講師によれば「非常に覚えが早く」、通常は小学生以上に推奨しているクラスに就学前から参加。「チーム回収」のソリューションも、講師のアドバイスを受けつつ自ら考えたという。

東大推薦入試合格者や1部上場企業の技術者も輩出

プログラミングの技術のみならず、社会課題の解決方法を小学1年生が真摯に考えたことが印象的だが、WRO Japanの実行委員は決して意外なこととは受け止めていないようだ。

「子どもたちのITリテラシーは年々上がっています。コロナ禍でのオンライン授業でその傾向が加速した感もありますね。社会課題への取り組みに関しては、小学校の総合の授業でそういったテーマが増えていることもあり、興味を持つ子どもたちが増えてきていると感じています」

そう語るのは、WRO Japan本部実行委員で、富士通グループの子ども向けプログラミングスクール「F@IT Kids Club(ファイトキッズクラブ)」を立ち上げた富士通ラーニングメディアの大木宏昭氏。さらに、WRO Japan競技委員長の吉野和芳氏(神奈川工科大学創造工学部教授)によれば、次世代の技術者を育成する場として企業からの期待も高まっているという。

「2020年からスポンサーになっていただいた会社に、東証一部上場企業のトーヨーカネツ様がいらっしゃいますが、実は今年の春にWRO卒業生が入社し、システム制御の分野で活躍しています。同じように優秀な技術者を小さい時期から育成するべきだということで、WROを応援してくれるようになった企業様も増えてきました」

これまでも、東京大学の推薦入試でエピソードをアピールして合格を勝ち取るなど、AO入試の実績に活用する“卒業生”も多かったWRO。コンピューターを活用するのが当たり前となるSociety 5.0の到来が目前となっている今、高度なITリテラシーと技術力、そして社会課題解決力を併せ持つ人材を次々に輩出する登竜門として機能しつつあるようだ。