「憎いけれど愛している」女がいる男の強烈な詩 恋に苦しむ全男性に捧げたいイタリアの古典

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傷ついた男心に効く古典とは(写真:Fast&Slow/PIXTA)

まったくもって不向きな領域なのに、男友達から恋愛相談を持ちかけられることが実によくある。涙をポロポロ流しながら弱気なセリフを吐く人もいれば、元カノを罵り、暴言を撒き散らす人もいるが、どんな困った状況になったとしても、原則として聞き役に徹することにしている。建設的な意見や女目線のアドバイスなどは禁物である。そっとそばにいてあげるだけでいいらしい。

つい最近もそのような心構えで、友人の横に座って文句の嵐を聞き流していたが、「傷ついた男心に効く古典がないのか」と不意に聞かれて、ハッとなった。枝豆を取るために伸びていた手が一瞬止まり、しばらく言葉を探した。その場は何とかしてごまかしたものの、どうもすっきりしない気持ちになり、いただいたリクエストをしばらく頭の中で反芻した。そうくるとは思わなかった……。

本当にそれは「オトコの本音」なのか

日本の古典文学においては、恋の痛手に苦しんでいる殿方が大勢登場する。例えば、源氏君。着物の袖が濡れるほど涙を流し、別れを惜しみつつも立ち去ろうとするシーンは数えきれないほどだ。成就できなかった恋に想いをはせる場面もたくさんあるばかりか、最愛の妻を失う悲しみも味わっている。

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だがしかし……物語が進めば進むほど明らかになっていく彼のモテぶりがあまりにもすごすぎて、その無敵な魅力がゆえに感情移入はなかなか難しい。『伊勢物語』の多くの小話の主人公を務める在原業平もしかり。悲哀や苦しみ、失恋の甘酸っぱい後味をしっかりと感じさせてくれる歌をたくさん詠んでいる反面、新たな恋に踏み出す足取りはいかにも軽やかである。

平安京のイットガールこと、和泉式部が著したとされている『和泉式部日記』の中には、苦悩に満ちた危険な情事がつぶさに語られ、相手の敦道親王が思い悩み、嫉妬して、溺れてゆく姿もバッチリと描かれている。とはいえ、自らの気持ちを伝える最上級の手段だった和歌が数多く紹介され、敦道親王が綴ったものも収録されているにもかかわらず、いまひとつ「オトコの本音」が感じられない。

例えば、次のようなエピソード。

〔…〕 宮より、「いとおぼつかなくなりにければ、参りてと思ひ給ふるを、いと心憂かりしにこそ、もの憂く、恥づかしうおぼえて、いとおろかなるにこそなりぬべけれど、日ごろは、過ぐすをも忘れやするとほどふればいと恋しさに今日はまけなん
あさからぬ心のほどを、さりとも」とある御返り、
(女)まくるとも見えぬものから玉かづら問ふ一すぢも絶え間がちにてと聞こえたり。
【イザ流圧倒的訳】
宮からお便りが来たわ。「全然落ち着かなくてさ……訪ねに行こうかとも思ったんだけど、拒否られた夜のことを思い出すと、辛くて、恥ずかしくて、気後れしちゃうんだよね。いい加減なヤツだと思われるかもしれないけどさ。でも日頃は……忘れてしまえ、と自分に言い聞かせて、会わずに過ごしてみたものの、かえって想いが強くなっていくみたいだ。だから今日は恋しさに負けることにするよ。言いたいこと、わかるよね?」とあったが、
(女)「恋しさに負けているなんて、まったく見えませんね。たった1つのつながりである文ですら絶え間がちでいらっしゃるんですもの……と答えて差し上げたの。
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