「下村治は積極財政の支持者」論に覚える違和感 中野剛志氏の一面的な下村観に異議あり

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中野氏も紹介されているように、下村氏の日本経済論を貫く考え方は、一国の経済政策は、国内市場と国際収支の均衡を目指して運営されるべきというものである。市場均衡を考えない経済学者はいないが、下村氏の「均衡」概念は、マクロで需給が一致しない場合に市場価格が伸縮的に動くことで市場均衡を達成するようなプロセスを想定していない。

例えば固定為替相場制度のように、もともと価格(為替レート)を一定にするシステムまたはルールを設定し、このルールが維持されるように経済政策を運営して国際収支の均衡を達成するという考え方をとる。つまり需要と供給が一致し価格が安定化するような制度やルールを作りそれを維持していくべきだという点で、下村氏の考え方は通常の経済学者とは異なっている。中野氏が「生産能力と需要の相互関係」と述べる背景には、下村氏がつねにこの国内市場の均衡を目指した政策運営を念頭においていたからである。

財政支出拡大でも将来の均衡を前提にしていた

財政収支の考え方は、この国内均衡の延長線上にある。例えば、中野氏が紹介した第2次世界大戦終了後の時点では確かに供給力が不足してインフレが起きていたので、国内均衡による物価安定を達成させるために政府の支援を得ながらの供給力強化が必要だったと判断しただろう。

しかし、その後の朝鮮特需によって景気が回復しインフレ気味になった際には「財政投資はこのままでも一般会計はもっと縮めなければ、今の法人税じゃー所得税でも同じですけれどもーちょっと普通の経済は営めませんね」(『産業と経済』1954年、大来佐武郎氏、井上薫氏との鼎談)と述べている。

また1970年代初めから1973年度予算までは財政支出の拡大を主張しているが、このときの財政収支は黒字であり、下村氏自身は、「どうしても赤字国債が必要だということなので、正常な成長軌道に戻れば、そのときには、経常財源が十分増えますから赤字国債は必要なくなるはずです」(『ミリオネア』1973年1月)と将来の財政均衡を念頭に置きながら話している。

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