真面目な夫を「通り魔に変えた」脳疾患の大恐怖

なぜ71歳の老人は包丁を持ち歩き始めたのか

71歳男性を変えてしまった「脳の病」の恐ろしさとは?(bee/PIXTA)
すべての家族が手を取り合って暮らせるわけではない。中には夫婦や親子同士で激しくいがみ合い、争いの末に事件や裁判にまで発展してしまう家庭もある。本連載では傍聴ライターとして長年活動し続ける高橋ユキ氏が、裁判の傍聴を通じて見えた「家族が抱える問題」について紹介していく。

初冬の夜。寝静まる商店街で新聞配達をしていた男性のところに、白いセーター姿の女性が駆け寄ってきた。

「知らない男に刺された」

見ればセーターは血で赤く染まっている。男性はすぐに110番通報した。犯人と思しき「知らない男」はすでに見当たらなかったが、翌日には逮捕された。商店街に取り付けられていた20台以上の防犯カメラにより、その姿が捉えられていたのだった。

犯人は71歳男性

2018年11月11日の午前3時半頃。横浜市神奈川区大口通の大口通商店街で会社員の女性(当時34)を刺した強盗殺人未遂の疑いから、神奈川県警は、近所の民家に住む無職・近江良兼(よしかね・当時71歳)を逮捕した。

通り魔による殺傷事件は、世の中に対する鬱憤を晴らすため、もしくは性的興奮を得るためといった動機が多いものだが、彼の目的は金だった。しかし、近江の家は金に困っているわけではなかった。事件から1年後に開かれた公判で、近江に金が必要だった理由と、長年連れ添った妻の苦悩が明らかになる。

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初公判は、事件からちょうど1年が経った2019年11月11日。強盗殺人未遂と銃刀法違反で起訴された近江被告は小さい体にグレーのスーツを着用しヨロヨロと被告席に座った。耳が遠く、補聴器をつけている。事件当日、持っていた包丁で被害女性の背中を刺した後、逃げる被害者を追いかけさらに背中や腹部などを刺し殺害しようとしたという。「間違いありません」と罪状認否で起訴事実を認めた。

証拠によれば、近江被告は20代で結婚し、父親と鉄工所を始める。30年ほど働いたが業績悪化により廃業。のちに病院の清掃など、ハローワークで見つけた仕事をいくつか転々とした。ところが2002年、くも膜下出血で倒れ入院。さらに2008年に髄膜炎に、2014年には脳出血を患い、足が不自由になる後遺症が残り、それからは歩行に杖を使うようになった。

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