戦前昭和の軍部台頭を招いた「健全財政」の呪縛 高橋財政批判「3つの誤解」で学ぶ歴史の教訓

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しかし、このような高橋財政に対する否定的な評価は、いくつもの間違いを犯している。

第1に、高橋財政が、日銀による国債の直接引き受けを行ったことが批判される。しかし、実際には、高橋財政下では、国債はいったん日銀が引き受けた後、その85%以上が民間に売却された(島倉原『MMTとは何か』)。要するに、その効果は今日、一般に行われている「国債の市中消化」とほとんど変わらないのだ。

第2に、高橋財政下で、確かに軍事費は増えた。しかしその一方で、高橋はインフレ悪化の予兆が現れると、軍事費の抑制に努め、軍部と対立したのである。その結果、高橋は軍部の怒りを買い、そのことが二・二六事件における高橋暗殺につながったと言われている。高橋は、文字どおり、命をかけて軍事費の膨張を抑えようとしていたのだ。

第3に、高橋は、増大する軍事費を支弁するための増税を認めなかったのに対し、軍部はむしろ増税を要求していた。その意味で、高橋よりも軍部のほうが、健全財政論に近いのだ。

このように、軍事費の膨張は軍部の暴走のせいであって、高橋財政によるものではないのである。ところが、これに対して、なお「高橋が財政規律を放棄したから、軍事費の膨張を求める軍部の暴走を抑えられなくなったのだ」などと解釈する論者もいる。

しかし、これは、ナイーブにすぎる見解である。

軍事費の膨張とインフレの原因

そもそも、いったん国家が戦争へ向かって暴走を始めたら、それを財政規律で抑止することなど不可能だ。例えば、かの満州事変は、高橋財政以前の財政規律の下で勃発している。

また、財政規律を守りつつも、軍事費を膨張させ、戦争を始める手段はある。例えば、増税をすればよいのだ。実際、軍部は高橋に増税を要求していたことはすでに述べた。また、植民地を搾取するという方法もある。あるいは、他国を侵略して富を収奪して軍事費に充当するという手段もある。この場合、財政規律は侵略を抑止するどころか、その原因である。

また、いったん戦争を決意した国家は、仮に財政規律が戦争の妨げになっているというのであれば、それをあっさりと撤廃するであろう。財政規律を優先して戦争を諦めるなどということはしないのだ。

実際、第1次世界大戦が始まると、参戦国は、軍事費拡張の妨げとなる金本位制を次々と離脱していったのである。

したがって、軍事費の膨張と敗戦後の激しいインフレの原因は、あきらかに台頭した軍部にあるのであって、高橋財政のせいではない。

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