医師が子どもを「発達障害」と診断する難しさ 過剰検査や誤診・過剰診断が後を絶たない

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発達障害には医師達の過剰検査や誤診・過剰診断に関わる問題があります(写真:horiphoto/PIXTA)
小児科医師の榊原洋一氏の著書『子どもの発達障害 誤診の危機』では、発達障害にまつわる誤解、あまり知られていない真実について伝えています。以前の記事『「発達障害」と言い難い子どもが量産される背景』では具体的な事例をもとに発達障害の診断について解説しました。本記事では、医療現場でなぜ発達障害の誤診・過剰診断が起きているのか、その要因を紹介します。

発達障害の診断の困難さ

現在私が最も頭を悩ませている問題。それは、発達障害の専門家である医師たちの過剰検査や誤診・過剰診断に関わる問題です。

医師は、できるだけ科学的な根拠に基づいた診断や治療(=エビデンスベーストメディスン)が必要とされています。

かつては医学においても、薬の調合などに医師の個人的経験が重要視されていた時代がありましたが、現代医療では、国際的な診断基準(DSMやICD)が使われ、治療に際しても科学的に最も効果的な治療法を行うというようになっています。

疾患の診断のために、科学的に必要とされる以上の検査を行うことは、患者さんの負担が増えるだけでなく、高騰する医療費をさらに増加させるために避けるべきなのです。考えてみれば当たり前のことですが、例えば糖尿病の診断をするのに、脳波の検査をする必要はありません。もちろん行うことはできますが、医療費を病院に支給する保険支払い機関は、審査のうえで不必要な検査費用(この場合は脳波検査)を査定し、病院には支払いません。

発達障害(注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラム障害、学習障害)の診断は、診断基準書(DSM)をもとにした専門家による問診が主で、特異的学習障害を除いて、この検査をすれば診断ができるといったものはありません。血液検査や脳波検査、MRIなどの脳機能画像、さらには知能検査などのさまざまな心理検査をしても、注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラム障害の診断をすることはできないのです。

注意欠陥多動性障害や自閉症スペクトラム障害の患者さんの脳機能画像や遺伝子検査では特徴的な知見が得られていますが、診断には使えないのが現状です。注意欠陥多動性障害の人では、前頭前野や尾状核という脳の部分の機能が低下していることが多いことがわかっていますが、それは機能の平均値が統計的に低いという程度であり、定型発達の人と明確に分けることができません。

自閉症スペクトラム障害における脳機能の変異が見いだせる脳部位は多様で、特に、前頭前野、前側頭部、そして扁桃体が挙げられます。それぞれ他人の意図理解、顔の表情の理解、情動コントロールに強く関わる部位です。

注意欠陥多動性障害では、脳内の神経伝達物質であるドーパミンやノルアドレナリンの脳内での働きに関与する遺伝子的な特徴(異常ではない)がありますが、その遺伝子特徴を持っている人が注意欠陥多動性障害とは言い切れないのです。

よい例えではないかもしれませんが、自閉症スペクトラム障害の子どもによく見られるつま先歩きや、手のひらを自分に向けてバイバイするなどの行動は、自閉症スペクトラム障害ではない定型発達児にも見られることがあるので、それを診断の根拠とすることができないのと一緒です。

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