女優の執念で出来た映画「スキャンダル」の熱量 「FOXニュース会長のセクハラ告発」を実写化

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さらに加害者として告発されたエイルズは翌2017年に死去したということもあり、この事件はそこで幕が下りようとしていた。だが、ランドルフは、この事件をこのまま葬ってはならないという思いで、本作の脚本を執筆したという。関係者の綿密なリサーチの結果、本作のストーリーはタブーにも果敢に切り込んだパワフルなものとなった。

ジョン・リスゴー演じる、メディア王ロジャー・エイルズ(写真右)は、あらゆる手段を使って、セクハラのもみ消しを図ろうとする ⓒLions Gate Entertainment Inc.

そしてその脚本が、シャーリーズ・セロンの手に渡った。そのパワフルな内容に魅了された彼女は、彼女が所有する会社「デンヴァー&デリラ・フィルムズ」で制作に参加することを決意。プロデューサーとして名乗りをあげた。そのときのことをセロンは「このプロジェクトを始めたときは、#MeTooやタイムズアップ、ハーヴェイ・ワインシュタイン、チャーリー・ローズ、マット・ラウアーなど、一連の騒動は起きていなかった。そんな時期にこの脚本に出会えたのは運命だった」と語っている。

本作のメガホンをとったジェイ・ローチ監督は、セロンのプロデューサーとしての手腕を称賛している。

その一例として、クランクイン前のトラブルについて振り返るローチ監督。もともと本作を制作する予定だった映画会社が、本作のクランクイン2週間前に離脱することになったことがあったという。

しかしキャスト陣のスケジュールの関係もあり、撮影の延期は許されない。だが、そんな危機的状況にも、「誰にもわたしたちを止めさせない」と語ったセロンは、『タリーと私の秘密の時間』のBRONスタジオに話をつけて、もともと一部だった出資金を、全額出資に変えてもらうことに成功した。

カズ・ヒロの特殊メイクにも注目

さらにそこから3日足らずでライオンズゲートと配給契約を締結。「不屈の精神とタフさとカリスマ性を持ち合わせた彼女だからこそ、誰もが言うことを聞くんだ」とローチ監督が感服した様子を見せると、ランドルフも「もし砂漠に墜落する飛行機に乗り合わせたら、シャーリーズ・セロンが同乗していることを祈るね。どんな問題にぶつかっても、彼女はありとあらゆることを試みながら、前に突き進んでいく。そうした彼女の姿勢は演技にも出ていると思う」と賛辞を惜しまない。

ただ、撮影日数はたったの43日という短いものになった。本作でシャーリーズ・セロン、ニコール・キッドマン、ジョン・リスゴーら3名の主要キャストの特殊メイクを担当するカズ・ヒロは、今回は特殊メイクにかける時間があまりなかったため、シンプルにやることを心がけたと振り返る。

そこでまずはモデルとなった人物の顔写真と、俳優の顔写真やモデルなどを並べ、両者の相違点を徹底的に洗い出していった。例えばセロンが演じるメーガン・ケリーに近づけるために、ノーズプラグを鼻に仕込んで、少し上向きにしてみたり、目と目の間を少し離し、まぶたを少し重くしたり、そして少しあごを足したりと、細かな調整を繰り返して、驚くべき再現性を実現した。

くしくもシャーリーズ・セロンは、ミネソタ州の炭鉱で起きた世界初のセクハラ訴訟を映画化した2005年の映画『スタンドアップ』に主演し、アカデミー賞主演女優賞にノミネートされたこともある。

この『スタンドアップ』同様、本作もパワフルな物語となっており、セロン自身も「『スキャンダル』を作ることは、わたしのキャリアにおいて大きなハイライトとなった」とその思いを吐露している。そんな本作にも注目だ。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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