会話を「スマホに頼りすぎる人」の危うい思考

同調できているようで実は成立していない

揚げ句、見せたくない写真でも出てきたのか、「あ、これはダメ!」なんて言いながらスマホを引っ込めて、見せられない部分を早送りし始める。むしろ、そのマズイ写真のほうを見せて楽しませろ、と言いたくなってしまう。

ただ、「マズイ写真を慌てて隠している人」という図のほうがよっぽどヘンで、写真そのものは、実は本人が気にしているほどどうってことないということが多いものだ。

なんだかまるで、インスタグラムやフェイスブックでシェアされた「見せたい私」の写真を見せられているような気分である。せっかく会って話しているのに、一方的で、そこに「私」しか存在しておらず、なんだかコミュニケーションしている実感がない。SNSの延長のようなのだ。

スマホでぱちぱち撮った写真は、その人の中だけにある思い出の、ほんの断片でしかない。それを他人に見せながら楽しむならば、この写真の青い海のスケール感や空気感はどうだったか、ダイビングではどんなものを見たのか、この風景の中で何を感じたのかなど、自分が行って見て体験した実感をもっと言葉で語るという会話が必要だ。

それがないと、聞いている相手は写真から想像を膨らませて楽しむということができないし、興味を持ったり、共感したりすることもできない。むしろ一方的でウザい、ということになってしまうのだ。

「ヤバい」の頻度がヤバい

ただ、どれほどつまらなくて地獄のような時間でも、会話が途切れるのは気まずいので、「天気よさそうだね、気持ちよかったんじゃない?」と聞いてみる。すると返事はこうだ。「うん、ヤバかった!」。

「南国の花ってすごい色なんだね」「うん、きれいでヤバいって感じ」「このホテル、かなり豪華だね?」「うん、ヤバかったよ~、部屋もマジヤバくて」「うわあ、ヤバいね! 料理もすごいじゃん」「うん、特にこの肉。こんな感じでさ」「うわ、ヤバー。夜景もヤバいね!」「ヤバいでしょ、これも見て。ヤバくない?」「えー、ヤッバー!」「ヤバいでしょー?」「ヤバいよヤバいよー」

見事な出川哲朗化現象である。どんな風景も、どんな感情もすべて「ヤバい」なんて、ヤバすぎるだろう。でもこの手の会話がゴマンと存在する。

次ページ「ヤバい」の逆バージョン、「ビミョー」もある
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