「まじめをやめる」末期患者が最期に得た悟り

介護した認知症の母に「ドロボウ!」と言われ

ある時、あまりに胃痛がひどいので病院に行くと、信じられないことが起こりました。

なんと彼女はがん、それも進行がんでスキルス胃がんだったのです。

「全然、受け入れられなかったです」と木島さん。次に湧いてきたのは怒りでした。なぜ、自分が──。

気がつけば、ずっとずっと人のために生きて来たわけじゃないですか? 義父、義母、夫。婚家に相当尽くしたと思ったら、元気で『あなただけが頼りよ』と言っていた実母に『ドロボウ!』でしょ? やってられませんよ、本当に」

私は言葉を失いました。確かに世の中は理不尽だと感じさせるに十分な話です。

実母の認知症は苛烈で、攻撃的な妄想が向かう先はなぜか木島さんのみです。実妹や近所の人にはニコニコ応対し、「長女にいじめられている」と吹聴するのです。

実妹は木島さんが実母に謝り、誤解を解くべきだと言い出しました。きっとボタンのかけ違いなのだろう、と。

木島さんは母の話を信じていた妹に驚きましたが、グッとこらえて、母の前に座りました。

間髪いれず、またもや「ドロボウ!」と言われてしまいます。木島さんの中で、何かが壊れます。あなただけが頼り、啓子さんのおかげ、お前がすべて──そんな発症前の言葉に支えられてきたのが虚しく感じました。

まるで自分のまじめさが利用されて来たような、そんな激しい怒りが彼女を貫いたのです。

ちょっとの勇気で殻は破れる

彼女は述懐して笑いました。

あれを言って、スッキリしました

婚家を何十年単位でお世話をした。何かと頼りにされていた実母にはドロボウ呼ばわりをされる。母を姉任せにしていた妹には自分が悪いようなことを言われる。いじめられているのはこちらなのに近所には「ああ、あのいじめている娘か」とささやかれる。

限界のラインを超え、ひたすらにこらえて来た、木島さんのまじめの殻が粉々になった瞬間でした。

母が「このドロボウ!」といつものように連呼し始めたとき、とうとう木島さんのスイッチが押されました。

うるせぇ、このくそババア! ──予想外の反応に、母親も妹も黙ります。間髪いれず、木島さんは言葉の嵐を叩き込みました。

「いいかげんにしろ、このババア! どんだけ私の世話になったと思ってるんだ、このクソやろう! 妹、妹だあ!? 妹が何をしたんだ、ほら、言ってみろ、ええ? 何をやったんだ、あーん?」

次ページ木島さんの剣幕に…
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