家賃4万生活から脱出した28歳が起業した理由

制作会社、ベンチャー勤務を経て踏み出した

かつては弁護士を目指したこともある彼の半生とは?(筆者撮影)
一般的に30歳は節目の年といわれている。今の30歳は1988年、1989年生まれ。景気のいい時代を知らない現在の30歳は、お金に関してどんな価値観を抱いているのか。大成功をした著名な人ばかり注目されがちだが、等身大の人にこそ共感が集まる時代でもある。30歳とお金の向き合い方について洗い出す連載、第10回目。

中学生にしてパソコンで小金を稼ぐ

28歳にしてマーケティング関連の会社を起業した敬之さん(仮名)。インタビュー前に彼の会社のホームページをチェックしてみたが、いまいち何をやっている会社なのかわからなかったが、どうやら主にWeb周りのマーケティングを請け負っているようだ。

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敬之さんは関西で生まれたが、父親が転勤族の会社員だったため、全国各地を転々として暮らしていた。きょうだいも多く、長男だったため我慢を強いられることが多かった。

「小学生の頃、お小遣いは言えばもらえたけど、定額ではもらっていませんでした。祖母や親戚からお年玉はもらっていましたが、それは『親が管理する』という名のもと、親の懐に入っていきました。だから、親にお使いを頼まれた際、お釣りを自分のものにして少しずつ貯金していましたね」

中学生の頃は帰宅部だったが、家にパソコンがあったため、パソコンを触っていることが多かった。このときの知識が今のWeb系の仕事につながっているという。また、近所の商店街の人からチラシ作りを頼まれて作成したり、紙の原稿をもらってそれをホームページに反映したりするといった、「パソコン屋さん」的な仕事を中学生にして請け負って小金を稼いでいた。そうやって稼いだお金で家電を買ったり、自分専用のテレビやiPodを購入したりした。

「高校はバイトが許可制だったのですが、申請せずこっそり娯楽施設でバイトをしていました。多いときは週6で入りました。自分で稼いだお金で生活しようという価値観が16歳くらいから芽生え始めたと思います」

幼い頃、あまりお小遣いをもらえなかった反動なのだろうか。敬之さんは高校生にしてバイトで月8万5000円も稼いでいた。ただ、バイトばかりしていたので学校の成績はふるわなかった。しかし、大学に行きたい気持ちはあったので、私立大学の受験料も自分で出して、滑り止めで都内の文系の大学に合格した。

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