哲学が「体育会系」の学問だと確信できる理由

知識取得ではなく自らの感覚変化こそ重要

しかもこれは、輪になって座っている人たちがいっしょに感じているような印象がある。もちろん同時に同じものを感じているとは限らないし、そんなことは確認しようがない。それでも、その人たちとその場でいっしょに考えていなければ、そもそもそのような感覚をもちえないのは事実である。そういう意味で、いっしょに感じている、と言うことができる。

このような〝哲学的感覚〞を経験するのに、哲学の知識は必要ない。あれば助けになることもあるが、かえって妨げになるような気もする。知識としての哲学には、体験の次元がさほどなくて、ただたんに概念間のつじつま合わせに終始していても、どこに何が書いてあるかを言い争っているだけでも、よく分からない難しい言葉を使って「オレって難しいこと言えるんだぜ」的に悦に入っているだけでも、「哲学」だと言えてしまう。

「体験」としての哲学

哲学の知識を使っているから哲学的になるのだと思い、感覚のほうに意識を向けなくなるなら、知識はかえってないほうがいいかもしれない。私自身は、哲学の知識を使うかどうかよりも、感覚的に哲学的かどうかのほうが重要だと思っている。

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哲学的であることが体の感覚で分かるということは、「体験」としての哲学というものが、知識として成立するずっと手前にあるということだ。

人生のどこかで哲学的な問いに目覚め、知識としての哲学を求める人も、そこに向かわなかった人も、そもそも哲学に出会わなかった人も、もともとどこかでそういう感覚を味わったことがあるにちがいない。だからこそ、「対話」という形で哲学を体験した時に、多くの人が何か特別な経験をした感じがするのではないか。

そうした哲学の体験は個人的であり、主観的である。とはいえ、他者と共有できないわけではない。個人的であると同時に、体験としていっしょに感じている文字通りの「共感」が起きる。だから哲学対話は、共同で思考の深みと広がりを感じる哲学なのである。

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