事実婚が同性・多重婚と同列に語れないワケ

従来型の「結婚」にこだわることの不思議

とはいっても、「結婚」といって思い浮かべるのは、純白のウェディングドレスとか、一生を共に過ごす伴侶とか、この人と新しい家族を生み育てていこうとか、どこか抽象的なイメージではないだろうか。

間違っても、「結婚と言えばさぁ、まず配偶者控除を受けられることでしょ? それから、結婚だと相続の権利も生じるよね?」みたいなことを言うやつはいるまい。プロポーズされて、そんな答えが来たらドン引きである。

ところが、この、人がドン引く超現実派が、現代に生きる最先端の「事実婚」推進者である。結婚とは経済的な権利と義務の束なのである。誓いがどうの、戸籍がどうの、お墓がどうのと古臭いことはどうでもいいの。年金、税金に社会保険、そういった結婚に対して与えられる世俗の優遇措置をまるっと全部こっちにもくださいなっていうのが、今一番とんがった事実婚提唱者の主張。

そして、同性婚を求める人の主張はこれとはもろに逆行する。なんせ、私たちの愛による結びつきを国家によって承認してほしいというバリバリのロマンチストが同性婚主張者のメインストリームと思われるのだから。こういう方々に「税金でも年金でも結婚並みに優遇するから、もうそうやって形にばっかり拘(こだわ)らないで」と言ったところで、なんとも的外れ。むしろ逆に逆鱗に触れるだけ。

だから、事実婚と同性婚を主張する人々は手を取り合って家族の多様化を目指すどころか、むしろ反目し合う可能性すらある。片一方が教会での結婚、つまり結婚の象徴的側面にあくまでこだわり、もう一方が、役所が認める結婚上の優遇措置、結婚の経済的側面を重視するのだから、話がかみ合おうはずがない。

そして、今のところ「多重婚」を主張する人は、さらにふわっとしている。要するに、結婚のどの部分がほしいといっているのか全く特定されていないのである。「甲斐性のある男性なんてみんな結婚してしまっている。自分としては貧しい男の一番になるよりも、裕福な男の三番目くらいの女性になって、安心して子どもを産めるほうがいい」という主張ならば、それは子どもの血縁上の父を特定してその人に扶養義務を負わせることを意味している。「一生一人の人を愛するなんて無理。他の人と恋愛関係を結べるほうがいつも新鮮な気持ちで相手に向き合える」と言いたいなら、それは結婚から排他的な性交渉義務を取り除きたいということだろう。

いずれにせよ、そういう人は結婚にこだわる必要なんてまるでない。「多重婚」という新しい結婚のスタイルを認めてくれというよりも、そもそも今ある「結婚」なんてやめちゃえっていうほうがよほどシンプルなのだ。

思えば思うほど不思議な結婚という制度

事実婚とか同性婚とか多重婚とか何となく新しそうなものを並べて(事実婚は実は新しくもないのだけど)、「多様な家族」と誰もが反対しにくいふわっとしたところに落とすのを、私はいいことだと思わない。同性婚や多重婚についていえば、そもそもなぜそこまでして従来型の結婚にこだわるんですかという話になるのだ。

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