九州新幹線「長崎ルート」はどう決着するのか

フリーゲージトレイン断念で完成図は見えず

佐賀と長崎の県境を突き抜く俵坂トンネルと三ノ瀬トンネル(左)の間に架橋中の彼杵川橋梁(撮影:久保田 敦)
鉄道ジャーナル社の協力を得て、『鉄道ジャーナル』2019年1月号「九州新幹線西九州ルートの苦悩」を再構成した記事を掲載します。

九州新幹線西九州ルートは、全国新幹線鉄道整備法(全幹法)に基づいて計画された福岡市・長崎市間の路線である。以前は長崎ルートと称されたが、地元協議が重ねられた2004年ごろから、西九州ルートと称するようになった。

着工条件が整わず具体化が遅れる

基本計画決定は1972(昭47)年12月で、整備新幹線の中でほかの4線から半年遅れたが、整備計画決定はそろって1973年11月だった。その後、各線ともオイルショックや環境問題により動きが止まり、さらに国鉄改革で凍結され、再び動き始めたのは1987年のJR発足後となった。だが、財源問題から建設費の地元分担が制度化されるとともに着手には順位が付けられ、オリンピック絡みの北陸新幹線が最優先とされた。次いで東北新幹線(盛岡以北)、それから九州新幹線鹿児島ルートがトンネルの難工事事業を先行させる名目で滑り込んだ。九州新幹線西九州ルートと北海道新幹線は後回しとなり、特に西九州ルートは「着工条件」をクリアできない複雑な事情を抱え、具体化は遅れた。

九州新幹線西九州ルート

JR発足後の整備新幹線は、不足する財源問題を打開するため、1988年に運輸省から示された暫定整備案により各線ともスーパー特急(新幹線鉄道規格新線)やミニ新幹線(標準軌新線)を組み合わせることが考えられた。

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九州新幹線鹿児島ルートを例示すれば、単線で線形も厳しい八代以南をまず改善する意図で八代―西鹿児島(現・鹿児島中央)間が1991年8月にスーパー特急方式で着工された。基礎的な構造物は新幹線と同等で、そこに在来線の狭軌(1067mm)の線路を敷設し、高速仕様の特急車両を博多方面から直通運転させるプランであった。次いで財源が新スキームに改まったことで1998年3月、船小屋(現・筑後船小屋)―新八代間もスーパー特急で着工された。

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