フェラーリと筋ジストロフィーの意外な関係

エンツォの息子、ディーノが送った人生

筋ジストロフィーは、筋肉が障害されて萎縮し、筋肉の力がなくなっていく病気である。ジストロフィーとは耳慣れない言葉だが、無理に日本語に訳せば“異栄養症”で、発達が悪いという意味だ。体格が大きい人を栄養が良い、痩せた人を栄養が悪いと言うのと同じことである。筋肉の発達が悪いので、立ち上がったり、歩いたりすることもできなくなり、手の力も失われ、そしてどんどんと進行していく。

重症型のデュシェンヌ型筋ジストロフィーでは、赤ちゃんの頃に歩き始めが遅れ、いつまでも不安定なヨチヨチ歩きで、10歳頃には歩けなくなって、車椅子生活になってしまう。原則として男の子だけに発症する伴性劣性遺伝の病気である。ディーノはデュシェンヌ型と言われているが、父やフェラーリのエンジニアと一緒にエンジンを囲んでいる20歳頃の彼の姿は、背筋をきちんと伸ばして立っているので、デュシェンヌ型ではなく、同じ遺伝子異常だが症状の軽いベッカー型だったのかもしれない。

可哀想なことに、このデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんたちは20歳そこそこで亡くなってしまう。というのは、この病気では手足の筋肉だけではなく、呼吸のための筋肉や心臓の筋肉も障害されるからなのだ。呼吸が弱くなった若い患者さんを、ナースたちが交代で、休むことなく1年以上も胸を押し続けて人工呼吸を施したという話が、筆者の病院でも語り継がれている。

事態が大きく変わったのは1990年頃で、小型で廉価な人工呼吸器が使われ始め、呼吸不全で亡くなる人が激減した。最近になって調べてみると、人工呼吸器の装着により、統計では33歳前後までと、以前に比べて10年以上も寿命が延びており、最も高年齢の人は48歳にもなっているし、どんどん更新しそうだ。

電動車椅子の普及も革命的であった。NASAが開発した加重分散する低反発クッションに座り、わずかな力で反応するジョイスティックを使って自由自在に操縦し、高速でスラローム運転さえしている。ディーノ・フェラーリがうらやむような病院の暴走族すらいる

極めつきはインターネットだ。コンピューターのキーボードやタッチ・パネルを、わずかに動く手や舌、顔の筋肉を使って操作したり、モニター上のキーボードに目をやるだけでできる視線入力をしたりして、日本中、時には海外ともメールを交換し、ホームページにアクセスしている。

このように、21世紀のテクノロジーに支えられて、患者さんたちの世界は、三次元空間だけでなく、時間的にも、精神的にも、五次元にわたって大きく広がっている。

男子だけに発症する遺伝疾患

筋ジストロフィーは遺伝疾患である。デュシェンヌ型は色覚異常や血友病などと同じく、性染色体劣性遺伝と言われる遺伝形式で、原則として母親を通じて遺伝して男の子だけに発症する。

染色体とは、遺伝子の情報が書き込まれているDNAの塊であり、ヒトの場合は一つの細胞に46本ある。2本でペアになっているのが22組あり、これらを常染色体という。

1本の常染色体に書き込まれた遺伝子情報に異常があると出てくる病気を「常染色体優性遺伝疾患」といい、ハンチントン病などで、親から子へと遺伝する。また、ペアになった染色体の両方に異常な遺伝子情報があると出てくるものは「常染色体劣性遺伝疾患」といい、近親婚などで出やすい。

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