21歳弟を姉が殺す悲劇生んだ異様な家族事情

「育児放棄の傷」は大人になっても消えない

だが、愛美被告はなぜ諒さんを包丁で刺したのだろうか。初公判の罪状認否(被告人が起訴状に書かれた罪状を認めるかどうかについて行う答弁)で彼女は諒さんの殺害について、「身を守るために包丁を手に取り、体を被害者のほうへ向けたら太ももに刺さったので部屋を出て庭に出た。その後しばらくして部屋に戻ると諒さんが死んでいた」と、正当防衛であり殺意はないと主張した。殺すつもりがなかったというのだ。しかも、被告人質問では一貫して“記憶がない”という趣旨の供述を繰り返した。

「あっ、はっきり覚えてないです」

「はっきり覚えてないです、すみません」

「あっ、えーっと、えとー、あっ、座って、何してたか忘れてしまったんですけど、はっきり覚えてないです」

「異世界に急に飛んだような……カーテンっていうか、離れているような、薄い膜のようなものが張られているみたいな……」

終始このような調子で、愛美被告から事件についてはっきりとした話は出ることがなかった。それでも言い分をなんとか要約すれば、「父の遺産のことや生活費のことで言い合いになり、諒さんが自分に向かって来たため、とっさに刃物を持ったところ、太ももにそれが刺さった」のだという。

姉はなぜたった1人の弟を殺したのか?

多くの公判ではこうした証言であっても客観的な証拠から殺意が認定されるが、なんと判決では、愛美被告の主張が一部認められた。裁判長は「被告が急所を狙うなどした合理的な証拠がない」として、殺人罪を認めず傷害致死罪を適用。懲役10年の判決を言い渡したのだ(求刑懲役18年)。検察側は控訴を見送ったが、さらに驚くことに、被告側がこの判決を不服として控訴した。

愛美被告はこの一審では「殺人については無罪」を主張していたからか。もしくは「弟の命を奪った加害者」としての自分よりも「母親からの不適切な養育の被害者」としての自分が勝り、控訴を止められなかったのか。控訴の理由はいずれ開かれる控訴審で明らかになる。

愛美被告が事件の経緯を明確に話すことはなかったが、1つ、事件の火種になる要素があるとすれば、それは父親の遺産を愛美被告が1人で相続していたことだろう。年金型で年に1度、150万円が振り込まれていたというが、それを諒さんに伝えていなかった。

「知らなかった。本来なら折半だし、1人で受け取るなら家を出て1人で暮らしてほしい」と事件の数カ月前、諒さんは友人に打ち明けていた。しかも父の遺産を1人で受け取っていながら、愛美被告はカネには困っている様子で、折半するはずの生活費も滞納し、諒さんがこれを肩代わりしていたという。「父の遺産や生活費のことで言い合いになり」というのは、諒さんから家を出て行くよう迫られ、激しい言い合いをして事件に発展した可能性がある。

「子どもたちの年齢の合計が100になるまでに打ち解け合うことができたらと思っていたが、それもかなわなくなった」

かつて子どもたちに暴力を加えていた母親は、調書でこう語った。しかし、機能不全家族を形成した中心人物に、この結果の責任はまったくなかったと言えるのだろうか。

ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • コロナショックの大波紋
  • 日本野球の今そこにある危機
  • 新競馬好きエコノミストの市場深読み劇場
  • 溺愛されるのにはワケがある
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
先陣切った米国の生産再開<br>透けるトヨタの“深謀遠慮”

米国でトヨタ自動車が約50日ぶりに5月11日から現地生産を再開しました。いち早く操業再開に踏み切った背景にあるのが、日本の国内工場と米トランプ政権への配慮。ドル箱の米国市場も国内生産も守りたい巨大グローバル企業の深謀遠慮が垣間見えます。