21歳弟を姉が殺す悲劇生んだ異様な家族事情

「育児放棄の傷」は大人になっても消えない

母親の弟であり、愛美被告や諒さんの叔父にあたる人物も調書でこう語る。

「姉は愛美や諒くんなど子どもたちに対して、理由はよくわからないがよく怒っていた。次女と諒くんはよく怒られていて毎回ではないが頭をたたいたりしていた。自分の母は姉のことを『いちばん育てるのが大変だった。アイロンでいすを壊したり、タンスを壊したり、モノに当たって大変だった』と言っていた。子どもたちは姉を嫌っていたと思う。離婚した時も自分についてくると姉は思っていたらしいが、実際は誰もついて行かず、父のもとに残った。父親が亡くなっても子どもたちは姉に連絡することなく、葬儀の手続きを自分たちだけでやった。姉は『たまに電話しても出てもらえない』と言っていた」

しかも当の母親も、法廷にこそ現れなかったが、調書で自分のこうした言動が事実であると認めていた。

「小さい頃から諒は口答えが多いと思っていた。体操服は下の妹や弟に順番にお下がりとして着せていた。男女兼用で着せており諒には破れた体操服を縫って着てもらっていた。裕福ではなく夫も会社を休みがちだった。子どもが多い家はこういうことをどこでもやっている。諒の高校時代、私との関係は冷え切っていた。妹をいじめたり言うことを聞かないので、ビンタなどたたくしつけは、ほかの姉弟よりも多かった。わが家のルールとして自分で食器を洗うというものがあったが、諒はしばらくしてやらなくなったので、私はその皿を洗わず、前の食事の汚れがついたままの皿に食事を盛り付けていた。言うことを聞かないので、食事を抜いて2日程度諒だけ食べさせないこともあった」

一方の父親は病気になるまでも、母親の調書によれば、「あまり話をせず、育児にまったく無関心で、子どもの名前を呼ばない、抱かない、話をしない。自分の部屋にこもっていた」という。愛美被告をはじめとする4人の姉弟たちは、そんな両親に育てられた。

長女だった愛美被告は両親の離婚後、大学を中退。経済力を失っていた父親の代わりに仕事についた。未成年で学生だった妹たちや諒さんにスマホや服などを買い与えていたという。事件当時までスーパーのレジ打ちの仕事を続けていた。

母親の虐待が子どもたちに与えた影響

精神鑑定を担当した鑑定人は、愛美被告を「機能不全家族で育ったサバイバー」だと評した。「機能不全家族」とは、家庭内に育児放棄や虐待などが存在し、無意識的に子どもが抑圧されてしまう家族のことを指す。こうした環境で育った子どもは、成長の過程で愛情を得る機会が乏しく、自尊心や自己愛、他者への共感などが欠けることがあるといわれている。事件の被害者である諒さんも同じサバイバーであり、また母親から特に暴力を受けていた。

成人してからの愛美被告は、それまで親代わりにと節制してきた反動か、買い物におカネをつぎ込み、バレエやドラムなど、興味を持った習い事をいくつも始めた。一方、かつて母親から食事を抜かれていた諒さんは料理を独学で学び、わざわざ千葉から京都まで出向いて包丁を購入。それを使って友人らに手料理を振る舞うことを楽しみにしていた。それぞれに、親との暮らしでは得られなかったものを充足させようと生活していたように見える。

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