セクハラかそうじゃないのか曖昧すぎる境界

建前と内輪だけの本音が激しく引き裂かれた

オフィスとキャンパスでのセクハラにとても厳しくなったアメリカでは、現状は、「女性がイヤと言えば、たとえ良好な恋愛関係だったとしても、遡ってアウト」と考えられている。これは本当の話だが、ある男子学生は、1年下の女子学生との間でお互いに好意を持ってデートを続けていた。しこたま泥酔したパーティの後に、男子学生の部屋になだれ込んだ両者は、そこで初めて関係を持つ。次の日、今度は、彼女を部屋まで送った彼は、もう一晩を一緒に過ごした。ところが、この関係が後になってモルモン教徒の親にばれて、彼女は激しく叱責される(←モルモン教っていうのは、性的にはヤバいくらい厳格なんですよ、斉藤由貴さんが信者だから日本ではそんなイメージ薄れてますが……)で、彼女は遡ってこう言う。「私はレイプされた」と。その際に、彼女はかつてのボーイフレンドに「あなたの人生を破滅させることだってできるんだから」と言い放っている。

刑事犯罪と違って、大学での放校処分については、女性側への反対尋問権は保証されていない。したがって、一度泥酔して関係を持った後にも、良好な関係が続いていたことをどう思っているか、男子学生から質問をする機会もなく、彼には事実上の退学処分が下された。

これがクリーンを極めたアメリカの結論である。

3. #MeToo Movementとセクハラ

これほどセクハラに厳しいアメリカですら、ある意味、タブー視されてきたセクハラ……#MeToo Movementの盛り上がりは、何十年も言えないくらいセクハラが重い問題であることを改めて教えてくれるとよく言われる。

確かにそういう要素はあると思う。だけど、多分、私が思うに、アメリカの社会は右から左へと短い間に極めて極端に揺れたのだ。試しに、アメリカの1980年代のセクハラ訴訟の顛末なんかを見ると、けっこうぎっくりびっくりである。人事課が人事権を握り、解雇がかなり制限される日本と違って、アメリカの上司は気に食わなければクビにする権利を持っている。その力を背景に、強制的に何十回も性的関係を結ばされる事例が相次いだ。日本でも、工場長が何十人もの女工と強引に性関係を結び、ときとして妊娠までさせたなんて女工哀史の時代があるけど、あれって1920年代の話なんでしょ? 少なくとも1970年代くらいまでのアメリカ社会は、女性差別という意味では日本よりもよっぽどひどかったのではないかと、私は思っている。

ここ数十年でアメリカ社会は急速に変わった。だから、十年前に言えなかったことを、今、SNSで口にしているという要素もあるのかもね。ところで、これは、法律論から言うと、客観的証拠を収集しにくい上に、被害者側の主張だけで加害者を社会的に抹殺してしまうという意味で、人権の観点からはやや問題があるように思う。ハーバード・ロースクールで最も左の女性教授ですら、この点は指摘している。

社会は、今ここで2つに分かれている

4. どこがちょうどよいラインなのか?

被害者が泣き寝入りするのはよくない。だからといって、被害者の主張だけで解雇されちゃうのも怖い。いったいどこにセクハラの線を引くべきか? 社会は、今ここで2つに分かれている。仲間内では、「女性記者もさぁ、取材対象に呼ばれたからって、夜にバーに行くやつもなぁ」なんて言いながら、公共の場では「1対1で取材せざるを得ないのだから、女性側に落ち度は一切ない」と賢しらに口にする。プライベートでの灰色な線引きと、パブリックでのクリーンな線引きと、ここには大きな開きがある。こういうダブルスタンダードに誰も納得しまい。

これは、私の極めて個人的な感想だが、被害者の落ち度に殊更に着目すべきでは決してない。一方、一切の落ち度がない聖女のように描くことにも、私は反対する。

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