母の殺人と父の自殺幇助に問われた女の述懐

「一緒に死のう」親子3人が入水した絶望の川

弁護人:「どんな会話を?」

被告:「会話にはなりません。何年も前から私が娘とわかっていません。『どちら様?』とか『こんちくしょう』とか暴言を言われたこともありました」

弁護人:「介護をやめたいと思ったことは?」

被告:「認知症だから仕方ないと思いました。認知症になる前は明るい母で大好きでした。認知症になってからも大好きでした」

母と三女の関係は

被告の二人の姉が、情状証人として出廷し、母と三女の関係について語った。

長女:「母との絆は深く、献身的な姿勢はまねできなかった。私は父を『お父さん』と呼べなかった。妹をうらやましく感じました」

次女:「三姉妹で妹は一番母に似ていました。いつも二人は一緒。密度の濃い関係に映りました」

被告は真っ赤になった鼻にハンカチをあてた。涙が落ちるのを防ぐかのように天井を見上げた。二人の姉は「介護に対する不満、愚痴は一切聞かなかった」と口をそろえた。

2014年9月ごろ、母は寝たきりの状態に。父も仕事の傍ら、入浴や排泄(はいせつ)の介助をかいがいしくしていたという。被告は法廷で父について「一家の大黒柱。大きな存在でした」と語った。

だが、2015年9月ごろ、父が頸椎(けいつい)圧迫により体調を崩した。徐々に症状は悪化し、11月に入ると新聞配達で使うバイクの運転が難しくなった。食事やトイレも、一人ではできなくなり、11月12日、退職。一家の収入が途絶えた。

5日後、被告は市に生活保護を申請した。検察側によると、受給が認められれば月20万円弱が支払われ、母の介護支援や父の医療扶助なども受けることができたはずだ、という。

だが、翌日、父は言った。「死にたいんだけど、一緒に死んでくれるか。お母ちゃんだけ残してもかわいそうだから3人で一緒に死のう」

検察側は被告人質問で当時のやりとりについて尋ねた。

被告:「すぐに『いいよ』と答えました」

検察官:「止めようとは思わなかったんですか」

被告:「あまり自分自身、死への恐怖心がなかったんです。当時は死にたがっていたんだと思います」

次ページ説得しようとは考えていなかった
ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • Amazon週間ビジネス・経済書ランキング
  • 本当は怖い住宅購入
  • 高城幸司の会社の歩き方
  • 日本人が知らない古典の読み方
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
おうちで稼ぐ、投資する!<br>在宅仕事図鑑

コロナ禍の下、世代を問わず広がったのが「在宅で稼ぐ」ニーズ。ちまたにはどんな在宅仕事があり、どれくらい稼げるのか。パソコンを使った「デジタル小商い」と「投資」に分け、誰にでもできるノウハウに落とし込んで紹介します。

東洋経済education×ICT