25歳の男が妻の不倫相手に下した凄惨な復讐

法廷で見えた夫婦間の認識と意識の微妙な差

事件の舞台は東京地裁からほど近い東京・虎ノ門の法律事務所。被告の妻は14年5月、専属事務員として働き始めた。その年の12月末、弁護士として勤務していた被害者と男女の関係になった。二人は、コスプレをしてのカラオケや高尾山観光などのデートを繰り返し、たびたびホテルへ。妻が働き始めて1周年の記念に、4万円のネックレスが贈られた。

ところが、15年夏には妻の感情が冷め、被告に「勤め先の弁護士からセクハラを受けている」と相談するようになったという。

16年3月の公判で、読み上げられた妻の調書では、被害者について「好意を持っていた」と語る一方、「被害者が自分に酔ったようなメールを送ってきて、だんだんと気持ち悪くなった」と述べられていた。

4月の被告人質問。弁護人は一番に被告と妻のなれそめを問うた。

弁護人「奥さんと知り合ったのは」

被告:「11年3月、東日本大震災のボランティアをしていたときです」

同年8月に交際がスタート。被告は大学2年、妻は大学4年だったという。被告が病気のときも妻が支え、二人は翌年6月に結婚。被告は大学卒業後に法科大学院に通い、司法試験合格を目指して勉強した。

被告:「今後も一生一緒に生きていきたいと思い、結婚しました」

一方、妻の気持ちは少し違っていたようだ。法廷で読み上げられた妻の調書には、こう書かれていた。「結婚すれば会社の福利厚生を受けられるし、紙っペラ1枚のことだと思って結婚した。家族に幻想を抱いていなかったし、実家への反発もあった。生活してみて甘かったと思ったが、猫と同じように被告もペットと思えば腹も立たなくなった」

事件の少し前になると、被害者との関係が冷えた妻は被告に、「被害者から気持ち悪いメールが来た」「呼ばれたくないニックネームで呼ばれる」などと相談するようになる。

被告:「妻の母親は、『環境型セクハラだから、そんな職場辞めなさい』と言っていた。僕はニックネームがセクハラになるかわからなかったが、専門書を読むとセクハラになるという本もありました」

それでも、被告はそれだけでセクハラと訴えることにはためらいがあった。

悲しみや絶望という感情が、被害者への怒りに

15年8月8日、被告が「何か他にため込んでいるなら話して」と声をかけると、妻は被害者と肉体関係を持ったことを告げた。

被告:「妻は『やめてくださいと言っても被害者はやめてくれなかった。怖くて頭が真っ白になってされるがままにされた』と。さらに別のときも、ワインを飲み過ぎてフラフラしていたらホテルに連れて行かれた、と」

被告は話を聞きながら、胃が痛くなり、トイレで吐いたという。

被告:「妻は性欲のはけ口に使われ、妻はそのことをずっと一人で耐えていた。僕に話す妻の姿がつらそうで、悲しみや絶望という感情が出て、被害者への怒りに変わりました」

妻本人は「強姦とは思っていない」と説明したが、被告はそんな妻の態度を「ロースクールで学んだセクハラ被害者の心理と同じだ」と思った。被告はその日のうちに妻と警察署に行き刑事告訴を相談。しかし、妻は被告のいないところで警察官に「無理やり犯されたのではない」と伝えており、警察は告訴を受理しなかった。

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