「行動経済学」を使うと、なぜ省エネしようと思うのか
この実証事業は、環境省の「平成29年度低炭素型の行動変容を促す情報発信(ナッジ)による家庭等の自発的対策推進事業」の委託を受けたもので、北海道ガス、東北電力、北陸電力、関西電力、沖縄電力のエネルギー事業者5社に加え、家庭用エネルギーの調査・研究を行うシンクタンクの住環境計画研究所、そして日本オラクルが参加する。対象となるのはガス・電力5社の各管内約6万世帯、計約30万世帯で、世界的にもあまり例をみないほどの大規模なナッジ事業となる見込みだ。
初年度は来年3月までに計4回、30万世帯に省エネレポートが送付される。このレポートは各世帯にパーソナライズされたもので、電気やガスの使用量やその推移がわかるとともに、省エネのためのアドバイスなどが記載される。このレポートに活用されるのが行動経済学の知見だ。日本オラクルで同事業を担当する村井建介氏が説明する。
ユーティリティ・グローバル・ビジネスユニット
セールスディレクター
村井建介
「たとえば、『エアコンの代わりに扇風機を使えば、電気代が◯◯%下がりますよ』と提示しても、省エネ行動を促す効果はあまり期待できません。しかし『あなたとよく似たご家庭はすでに扇風機を使っていますよ』や『あなたの電気料金はよく似たご家庭より年間で2万円上回っています』と記載すると、行動経済学でいう社会規範や損失回避の心理が働き、省エネをしようという気持ちが促されます。そのためにどうすればいいかというアドバイスにも行動経済学を用い、エアコンを買い替えるといった投資が必要な難易度の高いアドバイスと、生活の仕方を少し変えるといった簡単にできるアドバイスを同時に提示します。そうすると人の心理は、難易度の低いほうに心が動きます。大切なのは、生活者一人ひとりが自発的に行動を変えることなのです」
ナッジというのは「そっと後押しする」という意味の英語。行動経済学の知見も使って生活者の肩をそっと押し、一人ひとりが日々の生活を低炭素型の方向に少しずつ変えていくようにするのである。
ちなみに村井氏が言う「よく似た家庭」というのは、近隣に位置する家庭であり、家族構成や住宅の形態、電気・ガスの料金プランなど共通点が多くみられる家庭ということ。村井氏によれば「非常に厳密に定義」しているという。各エネルギー事業者の管内から、各家庭とよく似た家庭を抽出し、電気・ガス使用量を比較するだけでも膨大なデータを活用した分析になる。 ビッグデータの解析技術は、行動経済学とともにこの事業を支える柱になる。そこで大きな役割を果たすのが、オラクルのテクノロジーというわけだ。
日本版ナッジモデルの確立を目指す
実はオラクルは、2007年からこうした実証事業を10カ国約100社のエネルギー事業者と組んで行ってきた実績がある。11月13日に行われた発表会の席上、日本オラクル・CEOのフランク・オーバーマイヤー氏は、その結果についてこう語った。
「こうした取り組みにより、全世界で平均2.0%の持続的な省エネ効果を実現してきました。これは約1200万トンのCO2排出量削減、約2280億円の光熱費低減に相当する数字です。オラクルはナッジ事業を展開するオラクルモデルを確立し、その知見、テクノロジーを日本でも展開してCO2削減に貢献していきます」
ただし、オーバーマイヤー氏はこう付け加えるのも忘れなかった。
「グローバルで実績のあるモデルをそのまま日本に持ってくるのではありません。日本の特異性に合わせた形で展開し、日本版のナッジモデルの確立を目指します」
CEO
フランク・オーバーマイヤー
発表会では、今回の実証事業のために開発した「そらたん」を手に戦略を語った
今回、同社が着目した日本の特異性は、広範で根強いキャラクター文化、高いモバイル利用率、地域密着型のエネルギー事業者の存在という3点だ。そしてナッジ事業の初年度はまず、キャラクター文化を取り込むことにした。事業対象となる30万世帯のうち、15万世帯にはこの事業のために開発したキャラクター「そらたん」のイラストが入った省エネレポートを送り、残りの15万世帯には入っていない従来のオラクルモデルと同じ省エネレポートを送付する。「そらたん」は、エネルギー事業者の代弁者として、CO2削減効果につながるようなメッセージを分かりやすく伝えるのが役割だ。
「実は、さらに別の3万世帯には省エネレポートを送らず、エネルギー事業者の通常の『お知らせ』だけ送ります。そうして、キャラクター入りレポート、キャラクターなしのレポート、レポートなしという三つのカテゴリーに分け、それによる省エネ行動の違いを新薬の開発でも使われる非常に厳密なランダム化比較対照実験という効果測定法で検証します」(村井氏)
数%の効果を積み重ねていくしかない
次年度からは、モバイルの活用や地域との連携なども取り込んでいくことを計画している。また、家庭を対象にしたこの実証事業とともに、学校や職場での省エネ教育などもすでに並行してスタートさせている。
「30万世帯という規模は、国内では最大ですし、海外でもあまり例がありません。これだけの規模があれば、そこで得られた統計数字は非常に有効性の高いものになり、日本版ナッジモデルを確立できれば、今回対象となっていない国内の他地域でも展開可能になるでしょうし、条件が似ている地域であれば海外でも展開できるようになると考えています。全国の主要なエネルギー事業者様5社にご参加頂けることで、この実証事業は非常に大きな意義があるものとなりました」と、村井氏は語る。
オラクルが海外で行ってきたナッジ事業は、世界で平均2%のCO2削減効果を達成してきた。今回の日本での事業も、2%程度の削減効果を見込んでいる。2%というと、ずいぶん小さな数字のように思えるかもしれないが、住環境計画研究所・会長の中上英俊氏が発表会でこう語っていたのが印象に残っている。
「CO2排出量を一気に10%も20%も削減できる方法などありません。1%、あるいは0.1%の効果を少しずつ積み上げていくしかないのです。最終的には消費者の行動が決め手になるのですから、今回の事業は非常に重要な意味を持っています」
仮に日本の全家庭で2%の省エネ効果を達成できれば、年間約300万トンのCO2を削減するのと同じことになる。これは、省エネ型の冷蔵庫2,600万台分の買換効果(投資金額で約3兆円)に相当するインパクトだ。
生活者一人ひとりの行動をいかに変えることができるか。その結果として日本社会で地球環境問題をめぐるパラダイムシフトが起きるかどうか。5年計画で行われるこのナッジ実証事業の今後の推移に、大きな期待がかかっている。