日本で広がる「ドイツ脅威論」への冷静な反論

経済・金融政策において無力なのは明らかだ

本書の基調となるのは、「ドイツ帝国」が欧州の大部分を「支配」し、ドイツの利益のみを追求した、徹底した利己主義的政策が欧州大陸を壊滅させるという議論である。残念ながらトッドは読者に対して何をもって「帝国」としているのか、そしてなぜ西欧や中欧のいくつかの国が「ドイツ帝国」の一部であるのかを説明していない。一般的な定義によると、帝国とは中央権力が支配し、領域の全土において政策を決定し実行する意志と能力を持つ体制である。ドイツ政府は決してフランス、スペイン、ポーランド、ギリシャなどの主権国家の主権を奪う意志は無いし、それが可能な状況下にもない。

ユーロ導入による“ドイツ一人勝ち論”は幻想

またユーロ制度は本書の多くの部分を占め、最も強く批判されているが、「ドイツ帝国」の定義の糸口にはならない。トッド自身が認めているように、フランスはユーロ導入に関して主導的な役割を果たしたし、ユーロ加盟国は一連のマーストリヒト基準を適用して、共通通貨導入を決定したのである。ドイツも含めて各国は金融政策の立案能力を欧州中央銀行に明け渡した。欧州中央銀行は確かにドイツのフランクフルト市に所在しているが、総裁はイタリア人のマリオ・ドラギである。そして金融政策は25人のメンバーのうち、持ち回り制の投票権を持つ理事からなる政策理事会の単純多数決によって決定される。ドイツ人の理事はそのうち2人に過ぎない。

2人のドイツ人理事は「量的金融緩和政策」、つまり国債の購入などの決定の際に反対票を投じたが、政策は可決されており、あまりの影響力の無さをドイツメディアは嘆いている。ドイツが無力であることは経済及び金融政策において現れており、EU各国に課せられた基準を貫徹するメカニズムすら存在していないことからも明らかだ。

そのため「ドイツ帝国」なる概念は有意義なものとは言いがたい。トッドの著作は、大まかに言って体系的ではないドイツおよびフランス批判のインタビューの寄せ集め以上のものではない。三好の本が体系的かつ多方面にわたっての分析の結果であるのに対して、トッドの本はそれには遠く及ばない。二冊とも読んだ読者はさらに露骨な矛盾点をいくつか見つけて戸惑うだろう。ロシアをめぐって、三好はドイツ国民がウクライナ危機に際して親ロシア的であると非難するが、トッドは自身がクリミア併合を含むロシアの行動を肯定する立場から、ドイツが反ロシア的だと非難している。

エマニュエル・トッドは駆け出しの頃から挑発的な主張で目立ち、その結果成功した。1976年には『最後の転落 ソ連崩壊のシナリオ』で、ソビエト連邦の終焉を予測しており、この本に書かれたことの多くは現実となった。2002年の『帝国以後』もまたベストセラーとなった。しかし同書でトッドが展開した命題の多くはすでに誤っていたことが明らかになっている。常に先鋭的なテーゼと挑発によってキャリアを築いてきた人間は、もはや理性的で客観的な分析には戻ることができないのかもしれない。常に過激な物言いをしなくてはこれまでに獲得した読者が満足しないという不安があるのだろう。いずれにせよ『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる 日本人への警告』は、真剣に読むに値する著作であるとは言えない。

(文:フランク・レーヴェカンプ)

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