65歳の父はなぜ28歳の息子の命を奪ったのか

「妻と娘を守るため、こうするしかなかった」

傍聴席から何が見えてきたのでしょうか(写真:ふじん / PIXTA)
「いま取材している裁判で100行書きたい。30行じゃあ、とても書けないですよ」
ある夜、ひとりの若手記者が、居酒屋で上司に訴えました。
新聞社の裁判担当記者は毎日傍聴席に詰めて裁判を取材していますが、そのうち記事になるのはわずか。それもほとんどは、多くて30行(新聞の1行は12字なので360字)の小さな扱いです。
「ネットだけでもいいです。絶対に読まれる自信があります!」
そこから生まれたのが、朝日新聞デジタル版のオリジナルコンテンツ「きょうも傍聴席にいます。」
更新されるたびに「泣いた」「他人事と思えない」と多くの反響が寄せられる人気連載をまとめた書籍『母さんごめん、もう無理だ~きょうも傍聴席にいます~』が、3月10日に発売されます。
記者が見つめた法廷の人間ドラマ29編のなかから、3回連載で3編をお届けします。
(文中に登場する人物の名前は仮名、また年齢は公判当時のものです)

友達のように仲がよかった父子に、何が

「幻冬舎plus」(運営:株式会社 幻冬舎)の提供記事です

就寝中の息子の胸を刃物で刺し、命を奪った父に告げられたのは、執行猶予付きの判決だった。東京地裁立川支部で11月下旬にあった裁判員裁判。裁判長は「相当やむを得ない事情があった」と述べた。ともにプラモデル作りが好きで、二人三脚で大学受験に臨むほど仲がよかった父子に、何があったのか。

三男(当時28)への殺人罪に問われたのは、東京都八王子市の樋口敏明被告(65)。黒のスーツに青紫のネクタイを締め、法廷に現れた。事件までは、監査法人の会社員。同僚からは「まじめ」「誠実」と思われていた。事件の経緯を、検察の冒頭陳述や被告の証言からたどる。

約10年前、三男は都立高2年生のとき、精神の障害と診断された。通信制高校に移るなどしたが、浪人生活を経て大学にも進学。充実した学生生活を送った。卒業後はガス会社に就職した。

しかし、次第に変化が生じる。仕事がうまくいかず、職を転々とした。「自分をコントロールできない」と本人も悩んでいた。昨年夏ごろから家族への言動が荒くなり、次第に暴力も始まった。

次ページ被告が追い詰められていった理由は…
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