中国を「見下す」日本人が失ったかつての自信
「爆買い」報道の過熱は嫉妬と欲望の裏返しだ

日本の農協も欧州で「爆買い」していた時代があった
張 予思(以下、張):『革命とパンダ』は、書店だと嫌中本と並んで置いてありますが、もちろんそういった本は中国人として嫌です。何がいちばん嫌かというと、中国人が書いている本もあることですね。むしろ中国人が書いているから説得力があるというふうに認識されているんでしょうけれども、そういう中国人はたぶん長く中国に帰っていない人たちだと思いますし、日本の空気を読んで、「こういう本が売れるんだろう」と書いているものがほとんどだと思います。
正直、私もパラパラ目次くらい読んで、もう腹が立ってあまり読めないんですけれども、一部だけれども、そういう嫌中本に満足している日本社会もいかがなものかなとは思います。
開沼 博(以下、開沼):それは、日本人の自己投影的な部分もあると思うんですよね。近親憎悪的な自分の嫌な部分を、じつは嫌中、嫌韓というかたちで出しているところはあるでしょう。
『革命とパンダ』では、政治的な言説だけじゃなくて、文化的なものにもいろいろな政治性がじつは入り込んでいるんだということが書かれていますね。そこもこの本のポイントであり、社会学が暴いてきた、いろいろなものに政治性が入り込んでいるという議論だと思うんです。
この対談の前編でも少しお話しましたが、「パンダ」がどんな政治的な意味を持っていたのか。消費社会との関係とか、環境汚染の問題とか、パンダに対して何か政治的な理想を見つめようとしていた動きもあったということだとは思うのですが、それはパンダ以外にも、例えば今は「爆買い」を見ることによって日本人が、逆に何かの自画像を投影していたりするのかもしれない。
そういう一見政治とは程遠いものに、じつは政治性が宿っているということは他にもあると思うんですけども、いかがでしょうか?