番所 浩平 氏

Fjord Tokyo共同統括
ビジネス・ディレクター
番所 浩平

 Fjordは、2001年にロンドンで誕生したデザインエージェンシーだ。13年にアクセンチュア インタラクティブの傘下に入り、現在は約1200人のデザイナーがヨーロッパ、アメリカ、アジアを中心に活動している。東京のスタジオがローンチしたのは19年11月。世界各地から集まったデザイナーとすでに日本で実績のあるデザイナーが1つのチームとなって、企業価値を向上させるためのデザインを提供している。現在のクライアントは、銀行、通信キャリア、アパレル、リテールなどで業界はさまざま。

 Fjordが提供するデザインは、いわゆるビジュアルデザインにとどまらない。Fjord Tokyo共同統括の一人で、デザイン・ディレクターを務めるエドアルド・クランツ氏は、「デザイン」を次のように定義する。

エドアルド・クランツ 氏

Fjord Tokyo共同統括
デザイン・ディレクター
エドアルド・クランツ

「テクノロジーの進化により、私たちの生活は急速に変化しています。ただ、人々はそのスピードになかなか追いつくことができません。その間をつなぐ役割を担っているのがデザインです。人間とテクノロジー、ビジネスとビジネス、ビジネスと人――例えば企業と消費者、組織と従業員――を、デザインというツールでつなぎます。きちんと『デザイン』することによって、企業は顧客とよりよい関係を築き、従業員同士のコラボレーションを促すことができます。

 デザインは、自社の新しい製品やサービスを創出するイノベーションを促進します。加えて、社内外の人々と環境をつなぐことで業界や市場全体に創造的破壊を起こすこともできるでしょう。Fjordは優れたエクスペリエンス(体験)をつくり、デザインが持つ可能性を日本に広げたいと考えています。エクスペリエンスやブランドコアがますます問われる時代において、私たちは『どんなエクスペリエンスを届けてその結果ブランドをどのように認識してもらうか』という視点でデザインを活用し、結果として企業に価値をもたらしたいと考えています」

 企業活動におけるデザインの重要性は年々高まっている。それを受けてデザインエージェンシーの活動も活発になっているが、とくにFjord Tokyoには同チームならではの強みがある。共同統括ビジネス・ディレクターの番所浩平氏は、こう語る。

「Fjord Tokyoにはテクノロジーに精通するメンバーが多く、最先端のテクノロジーを深く理解したうえで、エクスペリエンスをつくり出せます。例えばAIは現在どこまで進化して、どのようにビジネスで活用できるのか。最先端のセンサーからどのようなデータを取得でき、それをエクスペリエンスの向上にどう活かせるのか。そういった視点でデザインができるエージェシーは多くはないでしょう」

「私」から「私たち」に主語がシフトしていく

 Fjordの活動で注目したいのが、毎年発表される「Fjord Trends」だ。これは世界33拠点のネットワークを駆使して、各地の社会情勢やビジネス現場の声を分析し、今世界的に起きつつあるトレンドとしてまとめたもの。2020年のメタトレンドは「原理原則の再考」で、さらにそれを象徴する7つのトレンドが明らかにされた。詳しくはレポートを参照してもらうとして、ここでは7つのトレンドの1つ、「生命中心デザイン」に焦点を当てたい。この潮流に鈍感な企業は、顧客や従業員とよい関係を築けなくなるおそれがあるからだ。

「企業は『desirability(魅力性)』『feasibility(実現可能性)』『viability(成長性)』の3要素からなるベン図の中心にある価値を追求して、製品やサービスを提供しています。これまでベン図の中心にあったのは、ユーザー中心、あるいは人間中心の視点です。つまりユーザーに支持されれば顧客が増え、売り上げも伸びるという考え方に基づいて企業活動を行ってきたわけです。

 しかし、今人々の意識は『私は何が必要か』から『私たちは何が必要か』に変わりつつあります。自分を主語にするのではなく、コミュニティーや地球環境全体を含めた生命全体のエコシステムを主語にして物事を見るのです。企業もその視点で製品やサービスをつくらないと、今後は生活者から支持されなくなっていくでしょう」(番所氏)

 さらにクランツ氏によれば、生命中心デザインは、数年前から各地で浸透し始めているという。中でもとくに顕著に取り入れられている領域の1つが公共部門だ。

「1人の市民単位ではなく、コミュニティー、さらには国家レベルの単位で行政サービスを捉える自治体や公的機関が増えています。公共部門は、リスク回避型の思考が根強いセクターだと思われがちですが、そうした保守的なところですら新しい変化が表れているのですから、これからほかの業界でも同じような変化が起きると見ていいでしょう。

 マーケティングにおいては、パーソナライゼーションがここ数年主流でした。『認知』させるためのマーケティングは今後もパーソナライズ化が差別化要因になりますが、共感を生んで強いエンゲージメントをつくるには、生命中心の視点は不可欠です。消費者は今や、その製品がいいかどうかだけでなく、どんな原材料を用いて誰がどんな工程を経て製品が作られ、それが地球にどんな影響を与えているのかというストーリーまで重視しているのですから」(クランツ氏)

生命中心デザインを阻む 二つの壁

 人間中心から生命中心へ――。このパラダイムシフトに対応するために、企業はどのようなアクションを起こせばいいのか。番所氏は、「生命中心デザインの実行には2つの大きな課題がある」と指摘する。

「1つは、『ブランド』への意識に関する課題。日本企業は、伝統的に優れた製品・機能を生み出してきた分、ブランドのことを『完成されたものを消費者にきれいに見せるための“ブランディング”』と捉えてしまうところがあります。しかしブランドとはもっと大きなもので、社会における自社の存在意義であり、それは製品やサービス、アプリ、店舗、そこで働く従業員など、すべてのタッチポイントにおける顧客体験の集積で形成されるものにほかなりません。このすべてのタッチポイントにおけるマグネットとなるような強いブランドのコアがあってこそ、生命中心のデザインは成し得ます。一貫したエクスペリエンスを実現するためにも、自社は社会に対してどんな役割を持ってどんなインパクトを与えるのか、ブランドのコアを一度立ち止まって考えるとよいでしょう。

 もう1つ、組織としての課題もあります。生命中心デザインを全うするには、すべてのタッチポイントに関わるので、特定の部門だけが推進するのではなく、全社的に取り組まなくてはいけません。しかし、CXO(Chief Experience Officer)を置いて取り組んでいるところはまだ少数派で、一貫したエクスペリエンスをつくりづらい、組織ごとに分断されたKPI構造になっていることも珍しくありません。横串の専門組織やポストをつくることが難しいとしても、CEOやCMOなど経営トップが強い思いとリーダーシップを持ち、会社を変える覚悟でブランドコアの追求に取り組んでいく必要があります」

Fjord

 クランツ氏は、最後に「目に見える短期的な失敗を恐れずにチャレンジするマインドが大事」とアドバイスする。

「変化に対応しない企業は、短期的には失敗しないかもしれません。しかし長期的には、変化を拒むことで多大なコストを支払うことになる。人々の振る舞いの変化に絶えずアンテナを張りながら、その変化に柔軟に対応していく企業こそが今の土台を強化でき、さらに新しい価値を創出して、継続的に発展することができます。今どのような変化が起きていて企業はどう対応すべきか、『Fjord Trends 2020』をぜひ参考にしていただきたいですね」

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