今回、フリーアナウンサーの魚住りえさんと向かったのは山口県美祢みね市。2017年9月、GIに登録された美東ごぼうの収穫体験が待っている。GIとは、農産物のブランド力を向上させ、独自の生産プロセスや地理的な特性によって高い品質を達成している農産物の名称を知的財産として保護する制度のこと。17年12月下旬に訪れたごぼう畑はGIに登録されて初めての収穫シーズンを迎え、寒空の中、急ピッチで収穫作業が進められていた。
(2018年2月19日掲出)

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カルスト台地の赤土が育む
香り高いごぼう

山口県美祢市でつくられている美東ごぼうのことを知っている人はそれほど多くないのではないだろうか。それもそのはず。地元では親しまれてきたものの山口県内ですら販売されているところは限られており、県外においては知る人ぞ知る希少性の高いごぼうだからだ。

魚住 りえ

魚住 りえさん

慶應義塾大学卒。日本テレビにアナウンサーとして入社。フリーに転身後、ボイスデザイナー・スピーチデザイナーとしても活躍。著書である『たった1日で声まで良くなる話し方の教科書』(東洋経済新報社)がベストセラーに。新刊の『たった1分で会話が弾み、印象まで良くなる聞く力の教科書』(東洋経済新報社)もヒット中

「私も、初めていただきます」と語りかける魚住さんに、JA山口美祢の代表理事組合長である飯田昭一郎さんが応える。

「美東ごぼうの畑は一度収穫したら、4~5年は休ませなくてはなりません。広い耕作地が必要になるのですが、このあたりはカルスト台地である秋吉台の国定公園に指定されている土地もあるため耕作地を広げることが難しかったのです」

カルスト台地と秋吉台。美東ごぼうを説明するうえで欠くことのできないキーワードである。古くは地元で「赤ごぼう」と言われていた美東ごぼうは、カルスト台地の赤土によって育まれてきた。正確には、養分が高く粘土質である赤土に、先人の知恵と継続的な手入れを加え、ごぼう栽培に最適化させることによって現在の美東ごぼうが収穫されている、とも言える。こうした赤土の価値を高める土づくりに重要な役割を果たしているのが秋吉台なのである。どういうことなのか。不思議そうな表情を浮かべる魚住さんに、インタビューに同席していた美東ごぼう生産者組合・組合長の堀田勝利さんは「くわしくは、畑で」とほほ笑んだ。

写真1

美東ごぼうの収穫には油圧ショベルが欠かせない。二人一組になってごぼうを掘り出す作業は、繊細さも求められるようだ。収穫した美東ごぼうは、1本1本丁寧に泥が落とされる。水洗いをせずに稲わらなどでなでる「すなでる」と呼ばれるその工程も美東ごぼうならではの風景だ

価値を高めることで
伝統的な農産物を守る

美東ごぼうは、JAが運営している市内の販売所でも「土日ならば、数時間で売り切れてしまう」ほどの人気商品。希少性だけではなく「高い香りとやわらかい食感という特徴がたいへん高く評価されています」と飯田さんは続ける。実際、小売価格をほかの産地のごぼうと比較すると、約2倍の差をつけることがあるという。

飯田 昭一郎

飯田 昭一郎

JA山口美祢
代表理事組合長

こうしたブランド力は、GI登録によってどのように高まっていくのであろうか。

「毎年のようにお歳暮として美東ごぼうを選んでくださるお客様がたくさんいらっしゃいます。ファンになってくださる方が増えれば、ありがたいことです。美東ごぼうをもっと多くの方々に知っていただきたいと願う一方、収穫量を増やすことは簡単なことではありません。それでも、小規模ながらも伝統的かつ地域の風土と密接にかかわりあった農産物がGIのお墨付きをえる意義は少なくありません。たとえば、4~5年休ませている時間をもっと短縮できないか、土づくりや栽培方法にもっと工夫の余地はないのかなど、さまざまな研究機関や行政との連携を加速させていく力があると期待しています。GIを契機に、多くの方々とともに美東ごぼうの価値を高めることによって伝統的な農産物を次の世代に渡していくことができるのではないでしょうか」

美東ごぼうをつなぐ
〝継続は力なり〟

次に魚住さんが向かったのが堀田さんのごぼう畑だ。美東ごぼうの出荷時期は10月~12月。現地では収穫シーズン真っ只中で、魚住さんには収穫を体験していただいた。が、畑と言っても油圧ショベルが赤土を掘り起こしている風景から、収穫の2文字をイメージすることは難しい。それでいて、作業は慎重さが求められる。油圧ショベルはごぼうを傷つけないように1列に掘り進め、掘った側面にある美東ごぼうを二人一組で掘っていく。いや、はがしていくという表現が近いかもしれない。

魚住さんも堀田さんとタッグを組んで収穫に挑戦。最初はおそるおそる赤土と格闘していた魚住さん、カタチの良い美東ごぼうをきれいに取り出すと「収穫がこんなにたいへんな仕事だとは思いませんでした。でも、土いじりは大人も夢中にさせる魅力がありますね。このまま1列ずっと収穫を続けたくなりました」と堀田さんを笑わせていた。この道20年のキャリアを持つ堀田さんでさえ、美東ごぼうは収穫してみるまで出来映えはわからないことが多いという。

写真2

魚住りえさん土まみれで収穫に挑戦

魚住さんに収穫を体験していただいた。ごぼうの長さがわからない中、1本ずつ土からはがしていく作業は繊細さと集中力がいるようだ。まっすぐな美東ごぼうを収穫して、思わず笑みがこぼれる。始めて数分で全身、土まみれとなった

現在、美東ごぼう生産者組合の組合員となっているのは28戸。60~70代の層が厚く最高齢の生産者は80歳を超えているという。そうした中で、組合長を務める堀田さんは「美東ごぼうは土づくりこそが最も難しくもあり、最も大切なプロセスなのです」と強調する。

「注目すべきは古くから刈草をごぼう畑の堆肥として活用してきたことではないでしょうか。さきほどのもう一つのキーワード、秋吉台の種明かしです。秋吉台は草を刈ることで成り立っていますが、その草は多くの栄養素を含んでいます。つまり、秋吉台の刈草を堆肥として還元するのが実は効率的なのです。ただし、一度だけでは土づくりはできません。毎年刈草を土に入れ続けることが欠かせません。それを先人たちは継続してきました。継続は力なり。まさに継続こそがすべてなのです」

写真3

JAグループでは「みんなのよい食プロジェクト」を展開している。左のキャラクターはシンボルマークの「笑味ちゃん」。「心と体を支える食の大切さ、国産・地元産の豊かさ、それを生み出す農業の価値を伝え、国産・地元産と日本の農業のファン」を増やすため、さまざまなイベントなどを実施している

GIをきっかけに
新たな挑戦が始まる

堀田 勝利

堀田 勝利

美東ごぼう生産者組合
組合長

集合写真

左の女性がJA職員であり、新規就農者である宮崎可奈さん。ごぼうのことを話すととまらない堀田さんからも刺激を受けているはずだ。美東ごぼうの伝統が引き継がれていくのだろう。GIに登録されて、何を変え、何を変えないのか、これからが楽しみだ

そんな美東ごぼうの栽培で気を遣うのは3~4月にかけて行われる種まきだという。

「これも土との闘いなんです。土が湿っていると畑として準備ができません。そのため、乾燥しているときに手際よく種まきをするのですが、あらかじめごぼうがまっすぐ育ちやすいように、事前に油圧ショベルやトラクターで土を深くほぐす深堀りという作業を行います。でも、重機を畑に入れると土が固く締まってしまう。そのため、種まきが深掘りの位置と少しでもズレると、ごぼうがまっすぐ成長してくれないのです」

油圧ショベルの幅に合わせて種を植え、収穫期は、その幅でごぼうを掘ることができるようになり、作業が効率化した。今後、GIを契機に栽培や収穫の方法も進化していく可能性もある。

そうした生産現場に、約15年ぶりに新風が吹き込んだ。美東ごぼうづくりを始めたのはJA職員でもある宮崎可奈さん、地元出身の20歳だ。作業手順を家族や先輩たちに教えてもらいながら日々仕事に取り組んでいる。「きっかけは」と尋ねる魚住さんに「JAの新入職員研修で美東ごぼうの農業体験をしたとき、純粋に楽しいと思ったんです。今は、お客様から〝いつも買っているよ。ありがとう〟と言われることが一番うれしい」とはにかんだ。

堀田さんもGIによって生産者の意識が変わりつつあると実感している。「質の良いごぼうを提供し続けること。そのためにできることは何でもやるという気運が高まっています」と。

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