東洋経済ONLINE Paul Smith

メンズファッションの基礎を作り上げた男

英国ウィンザー公の存在を抜きに、今日の男性ファッションを語ることはできない。
正式な名は、エドワード・アルバート・クリスチャン・ジョージ・アンドルー・パトリック・デイヴィッド。1894年に生を受け、1936年にエドワード8世として英国国王に即位するも、不倫関係にあった女性との決別を迫られたことに反発し、退位を決意。その在任期間は、グレートブリテン王国が成立して以降のイギリス国王として歴代最短の325日で、「王冠を賭けた恋」として語り継がれている。
破天荒にも映る彼のスタイルは、その内面だけでなく、ファッションという外面にも如実に映し出されていた。
およそ100年前、ファッショントレンドを牽引したのは、各国の王侯貴族だった。今日のような既製服は存在しない時代であり、ファッションに対してセンスを遺憾なく発揮できたのは財力のある彼らと、そのそばに控える仕立屋だけだったからだ。新聞や雑誌に彼らの写真が載るたび、その姿が今のトレンドだと認知され、大衆にとっての規範となった。
幼き日より装いの帝王学を叩き込まれてきたウィンザー公は、伝統的な着こなしに終始することを良しとせず、積極的にアレンジを加えたスタイルで世間をわかせた。たとえば、1900年代初頭から紳士がまとうスーツといえば、全体にスリムで胴に絞りがなく、3〜4個のボタンをすべて留めるサックスーツが基本だった。しかしウィンザー公は1920年代に、テイラーたちが集まる街サヴィル・ロウで生まれたばかりのイングリッシュ・ドレープ・スーツに目をつけ、これを愛用。肩幅が広くて胸元にドレープが入り、絞ったウエストと弧を描くような前裾が特徴で、ダンディズムを強調するスーツとして広く受け入れられた。このイングリッシュ・ドレープ・スーツは、身体のシルエットを補正して魅力的な体型を構築しようとする、今日の英国スーツの源流にもなっている。前裾を自然に広げるため、一番下のボタンは開けておくという慣習も、このときに生まれたものだ。その他にも、パンツを折り返してダブルの裾仕立てを発信したのも彼だし、当時は珍しかったワイドスプレッドカラーのシャツは、愛用していた彼の名を取ってウィンザーカラーシャツと呼ばれるようになった。グレンチェックやレジメンタルストライプといった柄を取り入れたのも、柄オン柄のスタイルを着こなしの一貫として成立させたのも、彼が初めてだった。
ウィンザー公が発した掟破りの提案は、大衆に受け入れられたことでデファクトスタンダードとなり、いまや伝統的なルールとなったのだ。

コーディネートa
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スーツ¥100,000、セットアップベスト¥32,000、シャツ¥26,000、ネクタイ¥16,000、ベルト¥14,000、靴¥46,000、ブリーフケース¥42,000/ポール・スミス、眼鏡¥35,000/ポール・スミス スペクタクルズ(すべてポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)チーフ スタイリスト私物

ポール・スミスのスーツなら、モダンな色合いの妙も楽しみたい。オルタネイトのストライプ柄スーツに採用したブルーグレーは、くすみがかったネイビーとでもいうような独特のカラー。そこに、暗過ぎも明る過ぎもしないトーンのオルタネイト・ストライプタイを差し込むことで、ニュートラルなスタイルが完成。真面目さ、誠実さといったスーツスタイルの基本の中に、確かな個性がにじみ出る。

コーディネートb
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スーツ¥100,000、セットアップベスト¥32,000、シャツ¥18,000、ネクタイ¥14,000、ベルト¥14,000、靴¥42,000/ポール・スミス、時計¥72,000/ポール・スミス ウォッチ スイスコレクション(すべてポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)

ポール・スミスが得意とするブルーグレーカラーのスーツは、トーンが落ち着いているがゆえ、シックなスタイルにも合わせやすい。首元には、古典的柄であり多くの服好きに愛されるペイズリーをプラス。ベストも着込んで、格調高いスタイルを構築した。その上で、スーツやシャツに施されたステッチワークが、見る者に洒落た印象を与えさせる。

ルールを知るからこそ型破りな挑戦ができる

「彼があそこまでの偉業を成し得たのは、前提となるルールを熟知していたからです」。メンズスタイリストの第一人者である森岡 弘さんは、破天荒にも映るウィンザー公の行動の裏に考えを巡らす。「ファッションの面白みやセンスというのは、基本的なルールを逸脱しつつも多くの人が許容できる“グレーゾーン”を攻める中に宿ります。別の見方をすれば、どれだけファッションセンスを磨きたいと思っても、基本的なルールをわかっていなければ攻めるべきグレーゾーンの範囲があいまいで、加減をコントロールできません。ウィンザー公はスーツの本場たる英国伝統の装いを誰よりも熟知していたからこそ、あのような絶妙な提案ができたのですし、新しいことに果敢に挑戦した姿勢も含めて、“かっこよかった”のです」。
型があるから型破りができる。型を知らず、ただやみくもにあがいても、結果は形無しだ。ビジネスもそうだし、ファッションも同様なのだ。

コーディネートa
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スーツ¥100,000、シャツ¥24,000、ネクタイ¥14,000、ブリーフケース¥42,000/ポール・スミス、眼鏡¥31,000/ポール・スミス スペクタクルズ(すべてポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)

グレー地のグレンチェックのスーツだからといって、シャツは無地でなければいけないなんてルールはない。柄のタイプや間隔、印象の強弱などにメリハリをつければ、柄オン柄も怖くなくなる。メリハリの効いたストライプシャツは、躍動感や意志の強さを印象付けるもの。そこに、マスタードイエローのタイが柔和さや親しみやすさを付与する。

コーディネートb
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スーツ¥100,000、シャツ¥16,000、ネクタイ¥12,000、ベルト¥14,000、靴¥44,000(すべてポール・スミス/ポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)

花柄は、英国でも伝統的に愛されてきたモチーフだ。「華やかでビジネスに合わせにくい」と毛嫌う人もいるが、色合いを抑えた柄を選び、そして英国クラシックな服作りを根底に持つポール・スミスのスーツを用いれば、風格あるスタイルを築きやすい。少しカジュアルなボタンダウンシャツを合わせて、ほどよくドレスダウンしてみるのも現代的だ。

英国生まれのポール・スミスが最良の手本となる

ビジネスにおいて世界的な共通言語であるスーツのルールは、やはり発祥の地である英国モノから学ぶのが一番だ。その点、ポール・スミスのスーツは格好のお手本となるだろう。なぜなら、英国伝統のテーラードの技術を基礎としているし、ブランドならではの遊び心といった"グレーゾーン"にも踏み込んでいるからだ。それに、今季2017年春夏のコレクションテーマに「原点回帰」を掲げ、英国ブランドであることを強く意識したスーツがそろうことも理由に挙げられる。
伝統にならい、男性の身体をたくましくみせる構築的なパターンを採用。緩やかに返ったラペルや美しいウエストラインには、英国の職人たちが培ってきた芯据え技術や縫製の妙が見て取れる。その上で、国内で展開されるスーツは日本人の体型に合いやすい前肩縫製で仕立てられており、肩や胸元に余計なシワが生まれにくく、腕のつっぱり感も抑制されている。体型にあったスーツを誂えるという、テーラードの基本精神を感じさせるこだわりだ。
こうしたスーツのルールを徹底する一方で、各所に独自のセンスを加えている。あえてコントラストカラーを使ったAMFステッチや鋭角に据え付けたフラワーホール、鮮やかで精細なプリントを施した裏地など、いくつもの特徴的なディテールを備えている。
「グレーゾーンを攻めすぎず、かといって凡庸ではない加減のよさが、ポール・スミスのスーツの魅力。何も考えずとも高レベルの洒落感を表現できますが、その世界観をしっかり理解できればスーツを見る目が養われ、"型破り"な着こなしを自在にアレンジできるようになるはずです」(前出・森岡さん)
森岡さんが提案する6つの着こなし例を参考に、その魅力に触れてみてほしい。

コーディネートa
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スーツ¥100,000、セットアップベスト¥32,000、シャツ¥16,000、ネクタイ¥10,000、ベルト¥14,000(すべてポール・スミス/ポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)チーフ スタイリスト私物

ドビー柄のネイビーは、最もオーソドックスといえるスーツだ。ポール・スミスのスーツには、多くのビジネスパーソンが求める普遍性を宿しつつ、コントラストを効かせたAMFステッチや花柄プリントの裏地など遊び心を効かせている。合わせたドットタイも、通常よりもドットの間隔を広げたデザインで個性的なセンスを漂わせる。

コーディネートb
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スーツ¥100,000、セットアップベスト¥32,000、シャツ¥24,000、ネクタイ¥12,000、ベルト¥14,000、靴¥46,000(すべてポール・スミス/ポール・スミス リミテッド Tel.03-3478-5600)

大定番といえるドビー柄のネイビースーツでも、プレゼンシーンや重要な会議など、「攻め」のスタイルを築くことができる。タイには色鮮やかなパープルを。シャツには清潔感のあるブルーのドット柄を。目を引くカラーリングを選択しながらまとまり感があるのは、同じブルー系でそろえているからだ。調和と崩しのせめぎ合いの中に、センスが宿る。