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さまざまな現場で発生する大量データを、ビジネスの革新や社会インフラの高度化といったイノベーションにいかにつなげられるか。こうした観点から「ビッグデータ利活用」への取り組みが本格化しつつある。今後、ビッグデータ利活用は社会や人々の生活にどのような変革をもたらしていくのか。世界トップクラスの超高速データベース技術を共同開発した、東京大学 生産技術研究所 教授/国立情報学研究所 所長の喜連川 優氏と、日立製作所 執行役専務 情報・通信システム社 社長の齊藤 裕氏が語り合った。

ビッグデータの利活用がイノベーションの源泉に

齊藤 いまビジネスや社会インフラの分野で、ビッグデータを利活用して革新的なサービスや、安全・安心な仕組みづくりを創出する動きが始まっています。これまで、製造業では、現場のデータを制御システムに活用し、最適化や合理化を行ってきました。これと同じように人やモノの動きをデータでとらえ、人の持つ知恵を入れて、新しい発想でビジネスモデルの革新や価値あるサービスを生み出そうというのが、最近の動きです。つまり、データによるリアルな現場の把握と、そこに潜む本質的な価値を抽象的にとらえるモデリングが重要で、今後はそうした情報活用が、あらゆるイノベーションの源泉になるのではないかと考えています。

喜連川 同感です。従来のような間接的な情報収集ではなく、直接的にデータを解析し、あらゆる現象を“先入観”のない状態で観測・把握することで、全く新しいものの見方の発見につなげられるのではないかという期待が高まっています。その適用範囲は1企業のビジネスにとどまらず、社会の仕組みやあり方、人々の暮らしにまで及んでいくでしょう。この流れは決して一過性のものではなく、今後も大きな潮流となってITや社会の大きな幹となる動きを示していくと確信しています。

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株式会社 日立製作所
執行役専務
情報・通信システム社 社長
齊藤 裕
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東京大学
生産技術研究所 教授
国立情報学研究所 所長
喜連川 優
東大と日立の産学連携で 世界トップクラスのDB技術を開発

齊藤 そうした新しい観点での問題解決やビジネス革新には、膨大なデータを最適かつ高速に収集・蓄積・分析できるIT基盤が重要な役割を果たします。その1つの基盤技術として、喜連川教授のチームが提唱された「非順序型実行原理」というアイデアと、日立のデータベース技術やITプラットフォーム技術を組み合わせて共同開発したのが、高速データアクセス基盤「Hitachi Advanced Data Binder プラットフォーム※1」(以下、HADB)です。おかげさまでこの製品は2013年10月にデータベースの業界標準ベンチマークである「TPC-H」の最大クラス(100TB)に世界初登録※2されました。これは、日本発の技術が、国際的な基準のもと、公的に証明されたもの。ビッグデータによるイノベーションを推進するためにも、大変な意義がある成果だと感じています。

喜連川 日立さんとの共同プロジェクトは、まだビッグデータというキーワードがなかった2009年から始まったんでしたね。今、思えば「大量のデータを低コストかつ短時間で処理することが絶対的に求められる時代が来る」という確信に突き動かされたようでした。
 その成果として従来比約100倍という処理性能を実現できたのは、1からデータベース技術を作り替えることにした判断、それを現場でやり抜いたベテランから若手までの日立のエンジニアの情熱、こうした力によるものが大きかったと思います。全く指針のない手探りの中、私たち研究者も多くの苦労がありましたが、人生の中で非常にいい産学連携の経験をさせてもらいました。ただし、現在の100倍は通過点に過ぎず、これで完成というわけではありません。今後も1000倍を目標に開発を続けていきます。

齊藤 ありがとうございます。知の創出拠点である「大学」と、それをベースに付加価値の高い製品やサービスを提供する「企業」とが結びついたからこそ、開発を効率化し、当初不可能と周囲から思われていた期間で完遂できたんだと思います。技術で世界をリードできるという「自信」、過去30年以上のデータベース開発で培った技術やノウハウの伝承による「人財育成」、この2点が今回のプロジェクトで得た重要な成果だと考えています。
 これを契機に今後も日立は、人財力と技術力のさらなるレベルアップを図り、世界を凌駕する日本発の技術や製品を続々と世に送り出し、日本全体の成長にもつなげていきたいですね。

※1 内閣府の最先端研究開発支援プログラム「超巨大データベース時代に向けた最高速データベースエンジンの開発と当該エンジンを核とする戦略的社会サービスの実証・評価」(中心研究者:喜連川 東大教授/国立情報学研究所 所長)の成果を利用
現場の動きを見える化し 「よりよい社会」を実現する

喜連川 大量データを超高速に処理できるHADBや、さまざまなビッグデータ利活用技術を使うことで、これまで見ることができなかった複雑な世界を可視化・計量化し、医療や防災、教育など幅広い分野の課題を解決できる時代が間近に来ています。
 実際、我々は100億以上のつぶやきを解析することにより竜巻のような局所的天気の動態の把握を試みたり、東京大学工学部と連携し、多様かつ膨大なセンサデータを用いて豪雨時のダム制御による洪水軽減の研究を進めています。また九州大学と連携し、バングラデシュを対象とした1万人規模の検診を実施。ビッグデータを用いたBOP※3への医療についても検討をしています。要は、今までなんとなく経験値でやっていたことをビッグデータを解析し数値化することで、新しいものの見方や対応が実現できる時代が近づいているんですね。

齊藤 本当にそうですね。いま世の中は「人」を中心にしたヒューマンセントリックな世界へと変わりつつあります。そこで不可欠な要素となるのがビッグデータの利活用技術です。人を中心に企業システムをはじめ、交通や電力といったインフラなど、すべての情報をつないでいく。要は社会システムに埋め込むことで、それぞれの現場で実際何が起きているのかをデータでリアルにとらえながら、何か問題が発生しそうな場合、どうすればいいのかといった次なる行動をITが的確に支援する。それはHADBなどの新技術によって、今まで見えなかった世界が見えてくるからこそ実現できるものです。
 そういったアプローチで、さまざまな現場や社会、個人に最適な、ムダ・ムリのないシステムやサービスを提供していくことが、豊かな社会の実現にはとても重要なのだと思います。そこで、日立は、ITインフラの提供に加え、新しい技術やサービスによって、社会課題の解決やイノベーションの創出にお客さまとともに取り組んでいきます。

※3 Base of the Economic Pyramid:年間所得3000ドル未満で生活をしている開発途上国の低所得層
※所属・肩書は、対談時点(2014年2月)のものです。