「2人に1人が、がんになる時代において、単に抗がん剤を売り込むためではなく、限られた人生を懸命に生きる多くのがん患者のために、われわれにできることを全力でやる」――。こうエーザイ戦略企画室ICTマネジメント担当課長の開發寛氏は、7月に開催された「SAP Forum Tokyo」のセッションでビッグデータ活用の意義について切り出した。
開發 寛
エーザイ(株)
戦略企画室担当課長
膨大なデータから新たな価値を見いだそうと試みている企業が多い。ビッグデータブームと言ってもよいかもしれない。そのような中、エーザイはより精度の高いがん治療に貢献することを目指し、いち早くビッグデータの活用を開始している。
「がん患者の治療をリアルタイムでサポートするために、高速のインメモリーデータベース『SAP HANA』の導入を決めた」と開發氏は話す。エーザイの「SAP HANA」導入は、複雑な要件定義もあって一時難航した時もあったようだが、人の命に直結するプロジェクトであるという意義を浸透させたことで「社内のIT部門から、社外のベンダーまでプロジェクトメンバーの意識が変わった」と開發氏は振り返る。それは、ドイツのSAP本社も感化した。ホットラインで、休日もパッチ(修正プログラム)が送られてくるようになり、「SAP HANA」は一気に動き出したのだ。
エーザイは2011年、手術不能・再発乳がん治療向けに認可された抗がん剤を発売した。効果とともに、副作用リスクも高い抗がん剤は、製薬会社の営業活動にも、とりわけ高い専門性と安全性を求める。そこに新規参入するエーザイは、ITを使って、病院を訪問するMR(医薬情報担当者)のiPadと研究・臨床開発部門の専門家を結び、エーザイの抗がん剤治療を受ける患者一人ひとりをフォローする仕組みを構築した。元MRで、営業部門のIT窓口である開發氏は「がん治療の領域のMRは、医師から尋ねられたことに即答できることが重要です。様態急変も多い患者の治療に『来週、返事します』は通用しません」と強調する。
さらに、エーザイは、蓄積する膨大な治療データから類似症例を検索して、医師の治療方針決定の参考にしてもらえるシステムの構築を目指す。将来は、遺伝子解析や症例等のデータと、応用数学や統計学などを組み合わせるバイオインフォマティクス(生物情報科学)を活用したシステムへ発展させ、その分析を基にして、MRが医師と対等な相談相手の関係を築く可能性も見据えている。
このビジョン実現のため、従来システムの1万倍という高速処理能力を持ち、構造化データ・非構造化データともに取り込めるなど自由度も高い「SAP HANA」に行き着いた開發氏は「技術的な制約で、これまでリアルタイムにできなかったことも、「SAP HANA」という新たなツールによって、実現できると考えています」と語る。