ベトナム人の死と外国人収容所の過酷な実態

収容者が見た壮絶な最期

グエンさんは28年前にインドシナ難民として来日したが、5年ほど前に服役したことで在留資格を消失。その後、「仮放免」状態となっていた。不法滞在の外国人は、母国に帰国するまで収容されるのが原則だが、収容期間や体調などによって収容を解かれる場合がある。この状態が仮放免だ。仮放免中は「月1回入管への出頭がある」(指宿弁護士)という。面接に訪れた際かは不明だが、グエンさんは仮放免中に名古屋入管を訪れた際、「理由なく名古屋入管に強制収容された」(手紙より)。その後、品川、そして牛久に移送された。

拘束されたときから、グエンさんの健康状態は良くなかった。当初は6人部屋に収容されたグエンさんは、その間、ずっと痛みを訴えていたという。牛久収容者を支援する「牛久入管収容所問題を考える会(牛久の会)」が、手紙を書いたベトナム人男性らに話を聞いたところ、牛久へ移送されてまもない3月17日、同室の収容者がグエンさんの異変に気が付いた。グエンさんは口から泡と血を吐き、失禁していたという。

「痛い」という叫びに「静かにしろ」

その後、職員がやってきてグエンさんを連れ出した。牛久の会によると、収容者らは病院に連れて行ってもらったと思っていたが、実は医務室に連れて行かれていただけで、翌日には、グエンさんは個室に移動されていた。その後、3連休中もグエンさんは痛みを訴え続けたが、職員が訪れることはなかった。

21日にグエンさんが気の毒なほど痛がっていたので、職員に「医師を呼んでほしい」と収容者らが要請。ようやく入管内の医師の診療を受けることができたが、胸部レントゲンを撮った後、痛み止めと湿布剤が出されただけだった。

手紙によると、3月24日の夜、グエンさんは朝からひどく苦しんでいた。グエンさんが「痛い! 痛い!」と叫び続けていたのに対し、職員は「静かにしろ」と返すだけだったという。その後、19時にはグエンさんの部屋が静かになった。22時ごろ、職員が各部屋の灰皿とライターを回収しに来た際、グエンさんの部屋からは返答なし。22時15分ごろ、職員3人がカギを開け、グエンさんが倒れているのを発見し、AEDを行った。

翌25日1時に救急車が到着。救急隊員がグエンさんを担架に乗せ、カメラが設置されている通路で心臓マッサージが施された。1時15分、救急隊員より職員に死亡が伝えられたという。手紙によると、「(心臓マッサージ)はかたちだけ。本当はNguyenさんが何時間前亡くなった。遺体は固まってましたが、とっても可哀相の死に方」(原文ママ)。

グエンさんが当初入れられた部屋には、現在6人の収容者がおり、そのほとんどが病気を抱えている。手紙をしたためたベトナム人男性はC型肝炎を患っており、薬を求めたものの入管の医師には「ここになおる薬はない。外に出て自分で治しなさい」(原文ママ)と言われたという。

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