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今、私たちは、18~19世紀にかけて起こった産業革命よりも、さらに大きなIT革命の渦中にいる。それは、もっと広範囲に、複雑に人々の仕事やライフスタイルの内実に変化を及ぼそうとしている。終わりなきIT革命に直面している今、私たちの将来はどう変貌しようとしているのか。
今回は、US版『WIRED』の前編集長であり、『フリー』『MAKERS』で知られるデジタル世界の水先案内人クリス・アンダーソンと、リクルートの最年少執行役員にして「求人情報のGoogle」と名高いIndeedのCEO&Presidentを務める出木場久征に、世界で起こっている最前線のイノベーションの実態について語ってもらった。
世界の最前線で今起こっている
イノベーションの実態とは何か
出木場 今日ウェブ上では、いたるところでイノベーションが起こっています。様々なプラットフォームが生まれ、それをもとにしたビジネスがいくつも生まれている。しかし一方ではこうした声も聞かれます。ウェブで起こっていることはリアル――すなわち現実社会と結びつかなければ意味がないのでは、というものです。
ウェブとリアルの接合、最近ではO2O(オンライン・トゥ・オフライン)という言葉もマーケティング上では盛んに聞かれるようになりました。
クリス ウェブ上のデータ・ソフトウェア・コミュニティを駆使することで旧来の産業モデルよりもずっと速いスピードのイノベーションを実現できる、そんな例をひとつ出しましょう。
実は私は先ほどまで中国に滞在しており、とある企業を訪問していました。その会社は長い歴史を持つ企業で、これまでは冷蔵庫やエアコンの製造で成功してきた。しかし、彼らは今ヘルスケアの分野へと移行しようとしているのです。
みなさんご存知のとおり、中国は大気汚染や水質汚染のような環境汚染が深刻化しています。そこで彼らの企業ではエアーボックスと呼ばれるボール型のデバイスを製造したのです。このデバイスは室内の空気汚染を測定し、例えばPM2.5による汚染が見つかると空気清浄機を作動させます。
しかしそれだけにとどまらず、このデバイスはデータを収集することであなたの室内や近所の住宅、都市、そして国家の汚染度まで測定することができるのです。これこそ、白物家電を作ってきた伝統的な企業がインターネットモデルへと移行している例といえるでしょう。これまで彼らは「製品」を売ってきた。しかし、これからは「エコシステム・データ」を売る時代へと変わってきているのです。
データを実世界と結びつけることで、われわれ自身の生活についての情報をコントロールできるようになる。それは物凄い意味を持ちます。私がウェアラブルデバイスを着用しているのも、より多くの情報を手にすることでより良い人生の選択を行いたいからです。
そしてどんな情報であれ――例えば健康についてであったり、セキュリティについてであったりするかもしれませんが――、一度接続できるようにしてしまえばそこには巨大な市場が生まれるのです。
出木場 GoogleがNest(スマートサーモスタットや煙と一酸化炭素の検知器を製造してきた企業)を買収したのもそのような理由からでしょうか?
クリス Nestはとてもいい例ですね。Googleは情報を持っている。またウェブサービスも自分たちで持っている。そこでデジタルと実世界の架け橋になるものが欲しかった。Nestを手にすることで、彼らは人々の実生活にリーチすることが可能になったのです。
しかし、これはGoogleだけではない。ソニーもAmazonもAppleも、あるいは誰もが同様のことを行うチャンスがある。皆ここに新しい市場が生まれていて、プラットフォームを作ったものが勝者になることを理解しているのではないでしょうか。
人間はロボットとの
競争にさらされている
出木場 私たちは求人ビジネスを行っています。様々なサイトを立ち上げ、それぞれ異なるビジネスモデルを展開しています。しかし、今後オートメーション化が進むにつれて、多くの職が人間から機械へと奪われてしまうようにも思うのです。このような現象は果たして避けられないことなのでしょうか。
クリス 私は今後、すべての職がロボット――それがソフトウェアであろうとハードウェアであろうと、われわれ人間は機械との競争にさらされることになると考えています。
例えば、あなたがたの業務でいうと、サイトというメディアを作るロボットが生まれ、求人を自動で行うロボットが生まれていくことになるはずです。現時点でも、すでに製造業では大規模なオートメーション化が進んでいます。
一例を挙げましょう。バークリーにあるわれわれのオフィスの隣には家具工場があります。そこでは無人で動くロボットアームが稼働していて、かつて人間が行っていた組み立てや溶接のような作業が今ではすべてロボットの手によって行われているのです。
その工場にはもはや人間の行える仕事は2つしか残っていません。ひとつはそれらロボットをプログラミングすること、そしてもうひとつはロボットの出したゴミを運んでリサイクルに回すこと。それがすべてです。
私はこれが21世紀の「仕事」を表すメタファーであるように思うのです。すなわち片方には高賃金のホワイトカラーが存在する一方で、もう片方には低賃金の単純作業しか残されていない。このような事態が進行していくことで最大の懸念となるのは、これまで存在していた中間層が失われつつあるということです。
出木場 ある人材ビジネスの会社が今後どのような人を採用したいかについて様々な業種の企業にアンケートを行ったことがあります。その結果を見てみると、理系人材を募集している求人案件のおよそ60%がコンピュータサイエンスの学位を持った人を探していることが判明しました。
しかし現実にはそのような学位を持った人はアメリカ国内にはわずか2%程度しか存在しません。60%と2%、企業と求職者の間にはこれほどまで大きなギャップが存在するのです。
先日オバマ大統領がこの分野について今後教育を強化していくと語っていたのはまさしくそのギャップを埋めるためだと思うのですが、この政策が功を奏すまでにはまだまだ時間がかかるものと思われます。私は過去の産業革命と比較しても、いま目の前で起こっている現象はずっと大きなもの、それはまさに地殻変動のようにも感じられます。
例えば、かつてミシンが普及したとき、人々は自らの手で織り物をするのを止めてミシンの使い方を学ぶことでその変化に対応しました。しかし今日のIT革命はもっと広範囲の職種で起こる複雑なもので、果たして人々がそれにキャッチアップすることは可能なのかと疑問に思うのです。
今製造現場で
起こっていること
クリス それは素晴らしい質問です。ある日本の企業を例に出しましょう。森精機という会社をご存知ですか。iPhoneや他のアップル製品の製造を手がけている企業で、彼らの作る精巧なプロダクトは多くの関係者から尊敬の眼差しで見られています。
そんな彼らがアメリカ国内に大きな製造工場をオープンさせました。私も見学に行ったのですが、なんと製造ラインの半分が空いている状態なのです。「一体どうしたのですか?なぜCNC(コンピュータ数値制御)マシンを作動させないのですか?」と私が問うと彼らはこう答えました。「充分な数のオペレーターがいないのです。」彼らはこう続けます。「われわれに必要なのは優れた教育システムであり、それによって充分に訓練されたオペレーターなのです」と。
また、CNCマシンを用いている別の企業では、森精機とは異なったアプローチをとっていました。彼らはこう述べています。「われわれは労働者を賢くしようとは考えていないんだ。その代わりにマシン自体をより賢くする。オペレーターの訓練に必要な資金はソフトウェアの投資に充てている。」私の考えでは後者、すなわち機械自体を賢くすることのほうが今後主流になっていくものと思われます。
出木場 こういったトレンドは製造業以外でも言えることではないでしょうか。私たちの求人ビジネスでも機械学習とアルゴリズムの向上を行うことで機械の行う作業の範疇が日々拡大しています。これがもし、より高度化したら、近い将来にもわれわれ人間の行うことはなくなってしまいます。私たちは今の職を失ってしまうのではないかとすら思うのです。
クリス ええ、CNCマシンのオペレーターは決して特殊な例ではなく、どの業種においても遅かれ早かれ、人間の仕事がソフトウェアに取って代わられるのだと私は考えています。現状では人間ほど賢いソフトウェアは開発されていません。
あなた方の仕事で言うと、求職者のレジュメを見て彼らに合った職を探す、そういったことを完全にこなせるソフトウェアはまだない。しかしそれが現れるのも時間の問題なのではないでしょうか。
すでにコンピュータは
人間より優れている?
出木場 機械化によって従来の仕事が失われていく。この現象は避けられないことのようです。それではわれわれ人間はどうすればいいのか。これからの時代に求められる能力とはどのようなものなのか。
クリス もし私の子供たちが大学に入学し何を専攻するか迷っていたら、私はコンピュータサイエンスよりも統計学を薦めます。これからのビッグデータの時代に統計学の知識は必要不可欠なものだからです。
ビッグデータを活用すれば、利用者の求める条件の求人票を自動でレコメンドすることができるようになる。それこそ、Spotifyのような音楽配信サービスが好みの楽曲をレコメンドできるように。
出木場 そのとおりです。音楽を例にとるならば、かつてはDJが自分のセンスによって楽曲を選択していた。しかし、今は膨大なビッグデータと機械学習によって自動でレコメンドを行うことができるようになりました。GoogleやAmazonがすでに行っているように。最後にひとつご質問です。この先コンピュータがすべてを代替する、究極的には人間の手など必要のない時代がやってくると思いますか?
クリス 私には知性とは何か定義することはできません。そして人間の知性をアルゴリズムと置き換えることはできません。
ですが、コンピュータはすでに人間よりも優れた多くのことを行うことができます。翻訳であれ計算であれ、もはや人間の手の届かない領域にまでコンピュータの能力は達しています。
そしてご存知のとおりGoogleはすでに自己認識を行えるレベルにまで至っています。Googleはすでに、知能を持っていると言えるのかもしれません。そういう意味では、今後コンピュータが人間と同じ、いや、それ以上の存在となることも決して不思議ではないと言えるのではないでしょうか。
出木場 最近だと、機械の知能は人間の知能とは異なるという話もありますね。人間の感情や創造性・共感・直観などについては、まだどう置き換えられるかわかっていない。Indeedを運営していても実感します。求職者の方が求めているジョブの提示は、アルゴリズムだけでは完成しない。例えば、その人のスキルや経験と同レベルのジョブを10個並べていても、少しさみしいと感じることもあるようです。つまり、ステップアップを必要とするようなジョブも並んでいないと、いい検索結果だとは感じないみたいなのです。
このような、感性を埋めるものやクリエイティビティを発揮していくような仕事に、人間の仕事は移行していくのかもしれないですね。
(撮影:今祥雄)