迷走する「東京五輪」とロンドンの決定的な差 "女王を上空に飛ばす"など、衝撃演出の真意

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ロンドン五輪の夏の喧噪が終わると、私は12年間のイギリスでの生活を終え、拠点を東京に移しました。すると、今度は私の故郷である東京に五輪がやってくることが決まります。

同時に新国立競技場の巨額の建設費や、その是非を問う報道がヒートアップし、私も様々なメディアから、ロンドン五輪との比較検証を求められました。

最初の新国立競技場設計コンペはその応募要件から、中身よりも、「東京五輪招致を成功するために著名建築家を起用するため」のものでしかありませんでした。考え方が、言ってみれば“20世紀的”であり、まさにバブル期に日本人が海外ブランド品を買い求め、ひんしゅくを買っていた姿と重なります。

都市のあり方から逆算できているか?

五輪競技場を建築単体で考えるのではなく、開会式、選手のパフォーマンスや育成のストーリーとつながっているか。そのために業界の枠を超えて協働する姿勢で取り組んでいるか。また同時に、開催地である東京の都市のあり方、ひいては日本のあり方、大仰に言えば国家観というビジョンを描き、そこから逆算して競技場を考えているのか。

グリニッジ馬術会場内観。既存建物のバルコニーをVIPの“観客席”とした

「俺が、俺が」と皆が前に出るのではなく、全体を俯瞰して判断し、「どうぞ、どうぞ」と譲れるだけの器の大きさを関係者が持ち合わせているか。そのような態度が成熟さというものであり、そのようなやり取り、協働があってこそ“オールジャパン”体制が生まれるのではないでしょうか。

私には、今回の五輪競技場をめぐる一連の問題が、戦後復興の象徴としての1964年東京五輪の成功体験であったり、メイドインジャパンの栄光に引きずられている結果のようにも見えます。

しかし、21世紀のさまざまな問題を抱える日本でできることとできないことを決断し、割り切ることも重要な「デザイン」の1つではないでしょうか。

成熟都市で開催されたロンドン五輪にはヒントが多くありますが、ここまで述べてきたように参照すべきポイントは競技場、大会運営の方法のような表層のことばかりではなく、そこに至るまでの考え方、思想だと思います。そこを紐解くことで、ロンドン五輪がメーン会場を600億円で造った理由と、成熟都市五輪の成功の要因が理解できるのだと思います。

山嵜 一也 建築家。山嵜一也建築設計事務所代表

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1974年東京都出身。芝浦工業大学大学院修了。レイモンド設計事務所を経て、2001年単身渡英。観光ビザでの500社以上の就職活動(断りのレターは 59通)から英国建築生活を開始。ヘイクス・アソシエイツ勤務時にワイカラー・ビジター・センターでRIBA賞入選。アライズ・アンド・モリソン・アーキ テクツ勤務時に欧州最大級のハブ駅キングス・クロス・セント・パンクラス地下鉄駅(ICE Awards 2010、National Rail Awards 2010受賞)の設計現場監理担当。ロンドン五輪では招致マスタープラン模型、レガシーマスタープラン、グリニッジ公園馬術競技場の現場監理に関わる。個 人でも第243回英国ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ・サマーエキシビション入選。イタリア・ベネトン社店舗計画コンペファイナリスト。スイス家具 メーカーのオークションで椅子パターン発表など。2013年1月に日本へ本帰国。山㟢一也建築設計事務所を設立、東京を拠点に設計活動を開始する。講演、 執筆、各種メディアでのインタビューを通して、ロンドン五輪競技場やイギリスの建築現場から見た「成熟社会での建築の役割」を伝えている。芝浦工業大学非 常勤講師(2007-2012年)。女子美術大学非常勤講師(2015年-)。一級建築士。
著書に『イギリス人の、割り切ってシンプルな働き方』(KADOKAWA)がある。

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