日本人の「プレゼンの常識」は間違いだらけだ 滑舌のよさや美しい声は枝葉末節

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前置きが長くなってしまった。

プレゼンを苦手とする元「コミュ貧」ならではの視点で、そうした海外の専門家のスキルや、何百というカリスマプレゼンを見続けた筆者が感じた、「日本人のプレゼンの常識は世界の非常識」とは一体、何なのか。3つのポイントでまとめてみた。

日本人の常識① 滑舌よく完璧にやるのがいいプレゼンだ

例えば、アナウンサーのように「滑舌がいい」「声がいい」「聞きやすい」といった点は、プレゼンにとって枝葉末節に過ぎない。ただ聞きやすいだけのプレゼンは、のど越しのいいうどんやそうめんと同じで、スルスル入っても心には残らない。

特に、アナウンサー的な話し方は聞きやすいように音域を狭めて感情も表情も抑えた話し方が多い。ガラガラ声で、ゴツゴツしたジャガイモのような無骨さだったり、とつとつと味わい深く語る姿の方が印象に残ったりすることもある。

京セラの稲盛名誉会長も、講演でもず~~っと下を向いて、原稿を読むだけの愛想のなさだったが、その低音の響きとメッセージの凄みだけで、迫力満点だった。

あまりに流暢だと逆効果

逆に、あまり流暢すぎたり早口で立て板に水のようにしゃべれば、営業マンのセールストークか通販の呼びかけのようにも聞こえる。親しみはわくが、重みには欠けるのである。下手に技巧に走れば、間違いを恐れる。間違えないようにと、原稿を読んだり、原稿を覚えてそらんじようとすれば、生の言葉ではなくなってしまう。

ちょっとぐらいの間違いは恐れてはいけない。日本人の、間違いを極端に恐れる完璧主義がプレゼンの最大の障害だ。「ヘタウマぐらいで上々」なのだ。

日本人の常識② プレゼンには決まった共通の「型」がある

筆者もかつて、日本でプレゼン研修なるものに行って、「はい、声を大きく~」「はい、手を広げて~」などと、連呼され、辟易としたが、声もジェスチャーも大きければいいというものではない。人にはそれぞれ、似合うプレゼンスタイルがあり、ジェスチャーが合う人もいれば、合わない人もいる。

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