(第88回)山登りの効用(その2)

山崎光夫

 高尾山は人気の山である。
 その頂上で食事を摂った。自分で作った握り飯はことさら美味い。
 ちょうどあずまやの椅子が空き、家族連れ4人と同席した。簡易ガスコンロを持参し、カップ麺を食べる様子はいかにも山登りに慣れている。還暦の女性は、もう100回以上高尾山に登っているという。こうしたリピーターが多いのも、この山の特徴かもしれない。

 頂上の売店はちょっとしたレストランで、飲食には事欠かない。ジョッキのビールを外に持ち出し、石に座って飲む若者のグループもいる。晴れていれば富士山が望めるが、この日は曇っていて見えなかった。
 都心は見えたが、富士山は拝めなかった。
 やはり、富士山は遠いのである。

 頂上はかなりの賑わいであるが、自然も残っている。
 売店の前あたりに石垣が組まれ、樹木や雑草も生えている。
 葛根(かっこん)の蔓(つる)が這っていた。根は葛根湯の生薬になる。戯れに繊維質で強靭なその蔓を少し引っ張ったところ、足元に緑色の物体がどさりと落ちてきた。その物体はすぐに動き始めた。よく見るとヘビだった。青大将である。2メートルはあるだろうか、ニョロニョロ這って、たちまち石垣の隙間に消えた。高尾山頂にはヘビもいる。マムシも出るというから要注意。

 高尾山がミシュランに選ばれたのも、水、トイレ、案内板、登山道などが整備されていることもさることながら、自然が温存されているからだろう。
 薬王院という古刹があるのも高尾山に風格を与えている。ここは修験道の霊山である。修行の滝もいまなお現存している。
 自然環境が残っているのは、遠く戦国時代に徳川家康から八王子の代官を命じられた大久保長安(おおくぼながやす・1545~1613)が森林の保護につとめたからである。過去の恩人に感謝しなければならない。

   こうした自然を身近に体験できるのが高尾山の魅力だ。ときおり、ホトトギスやウグイスの鳴き声もきこえる。
 ホトトギスは、「テッペンカケタカ」ときこえるというが、確かに聴きようによってはそう聴こえる。
 ウグイスのほうは、「ホーホケキョ」だ。
 「ケキョ、ケキョ」と鳴きながら、あちこちに飛びまわっている。鶯(うぐいす)の谷渡りも間近に見られるのが高尾山だった。

 この日、携帯電話の自動歩数計は、3万歩を軽く超えていた。
 わたしは帰宅後の体調に注目した。
 下山してからの自分の体の反応を確かめるのも大事なポイント。血液検査やCTとは違う別次元の体調がチェックできる。原始的な自己診断である。
 今回、翌日は何の体の反応もなかったが、
 2日後、ふくらはぎと内腿の筋肉にだるさを感じた。疲れであろう。反応が遅いのは老化現象の一種か。
 同行した知人にきいたら、
 「痛みも疲れもありません。きっと、普段から歩いているからでしょう」
 との答えだった。彼はわたしより一回りも年上である。
 普段あまり歩いていない自分の生活が露呈してしまった。山は自己健康診断に恰好と再認識した。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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