(第87回)山登りの効用(その1)

山崎光夫

 高尾山(599メートル、東京都八王子市)に初めて登ってきた。都心から1時間ほどの距離とあって、いつも混んでいる人気の山だ。
 どの程度混んでいるかは、その日行ってみないとわからない。
 わたしが出かけたのは6月下旬の土曜日。高尾登山口駅はたいへんな人の波である。

 同行した知人は、
 「これなら空いているほうです」
 という。
 混んでいるときは、登山口駅前広場が身動きとれないほど人で埋まるという。
 登山道も人の列ができ、立ち止まるのが気が引けるほどらしい。
 「前の人の踵(かかと)を見て終わった」
 というケースもあるようだ。
 幸い、この日は、人出を気にせず登れたのでありがたかった。

 まわりを見ると、夫婦、高齢者、若者グループ、山ガール、親子連れ、乳児連れの若い夫婦、カップル、ペット連れ、外人、マラソン登山などとじつに多彩。ケーブルカーやリフトもあるので老若男女を問わず手軽に登れるのも人気の秘密なのだろう。
 ミシュランで3つ星の評価を受けたせいか、外国人も多い。
 わたしは中央線沿線、奥多摩、西武線沿線の山々にかなり登っているほうだが、これほど多彩な登山者に出会うのは珍しい。
 レギンスというらしい脚にピッタリのタイツにショートパンツを穿いた女性、色とりどりのパーカースタイルなど、ファションを研究するのにもこと欠かない。

 都心から1時間ほどの観光地というと、箱根を思い浮かべるが、高尾山には箱根のような洒落たホテル・旅館群はないし、温泉も湖もない。レジャー施設がないにもかかわらず、この人気である。
 高尾山の登山コースは7本あって、自分に見合ったコース取りができる。
 今回、登りは、稲荷山コースを使った。3.1キロ。上り90分コースである。
 標高約400メートルにあるあずまやでは多摩から都内まで、東京が一望できる。壮観といえば、壮観。絶景かもしれない。
 この日、新宿新都心ビル群の向こうに開業したばかりのスカイツリーが遠望できた。だが、霞んでいるためか、東京タワーは見えなかった。
 この眺望は箱根では体験できない。
 じつは、東京都心を一望するにはほかに適当な山はある。だが、登りやすく、その上、アクセスのよいのは高尾山が一番であろう。

 稲荷山コースでは、頂上手前、最後の登りはかなり険しい階段だった。若者も顎を出していた。

 もう20年以上前、わたしは『八ヶ岳モルゲンロート』という小説を書くために雪の残る八ヶ岳に出かけた経験がある。
 そうした山登りをしてつくづく思うのは、
 「病気をしてたら来られない」
 という気持ちである。
 さらに、下山して自分の体力加減を認識できる。
 北陸の白山(標高2702メートル)から下りたときも自分の健康を確信した。
 山は登って、下りて、登山は完成する。自分の健康度がチェックできるのは山登りの効用のひとつである。
 いまはもう八ヶ岳に登るのは無理。その意味で、いまの自分の体力に高尾山は恰好の山だった。
山崎光夫(やまざき・みつお)
昭和22年福井市生まれ。
早稲田大学卒業。放送作家、雑誌記者を経て、小説家となる。昭和60年『安楽処方箋』で小説現代新人賞を受賞。特に医学・薬学関係分野に造詣が深く、この領域をテーマに作品を発表している。
主な著書として、『ジェンナーの遺言』『日本アレルギー倶楽部』『精神外科医』『ヒポクラテスの暗号』『菌株(ペニシリン)はよみがえる』『メディカル人事室』『東京検死官 』『逆転検死官』『サムライの国』『風雲の人 小説・大隈重信青春譜』『北里柴三郎 雷と呼ばれた男 』『二つの星 横井玉子と佐藤志津』など多数。
エッセイ・ノンフィクションに『元気の達人』『病院が信じられなくなったとき読む本』『赤本の世界 民間療法のバイブル 』『日本の名薬 』『老いてますます楽し 貝原益軒の極意 』ほかがある。平成10年『藪の中の家--芥川自死の謎を解く 』で第17回新田次郎文学賞を受賞。「福井ふるさと大使」も務めている。
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