英国のEU離脱は、双方にとって無益で有害だ 離婚は「素晴らしい道」には続いていない

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米国についてはオバマ大統領が、EUを離脱した場合よりも内部に留まった時の方が、英国をより重視するだろうと既に述べている。同様に、フロマン米通商代表は最近、米国は英国と個別の自由貿易交渉を行うことに関心は持たないだろうと発言した。

それはそうと、これは全てEU離脱後の英国がそのまま残るのが前提の話だ。スコットランドは、ほぼ確実にイングランドと関係を絶ち、独立国としてEUに再加盟したがるだろう。これはカタルーニャなど欧州の分離独立派をさらに勢いづかせるだろう。

しかし、英国のEU離脱の潜在的な支持者はさらに多い。熱烈なEU主義者は、英国との離婚が最終的に上手く行けば、いい厄介払いになる、と彼らは言う。これでついに本当の欧州人が平穏に団結できる、と。

私にはこれも見当違いに思える。恐らく英国のEU離脱は、英国自体が被るのと同じくらい、EUにも悪い影響を与えるだろう。

ドイツ、英国、フランスは、EUの3大国として決定的な力関係を築いている。英国抜きのEUは仏独が経営する大企業のようになり、ドイツが非常に支配的なパートナーとなろう。そして、その他の小規模な加盟国は全て、両国間で押しつぶされるだろう。実際にこんなことは誰も望まないし、ドイツ自体でさえも望まないだろう。ヘゲモニーには消極的だからだ。

「欧州の首都」を選ぶならロンドンだ

実際に英国は、EUに非常に良い影響を与えてきた。欧州は英国の民主的伝統や他の世界に対する寛容性などの恩恵を受けてきた。もし今、欧州の首都のように感じられる都市があるとすれば、それはブリュッセルでもベルリンでも、あるいはパリでもなく、50万人近くのフランス人や数百万人のその他の外国人を抱えるロンドンだろう。

英国のEU離脱が欧州にとって厄介な理由はもう1つある。1945年以降の米国による覇権は、安全管理能力が欧州にないことを覆い隠してきた。欧州の人々が平和や歩み寄りの大切さを議論するのを好んできた一方で、米軍が彼らの安全保障を引き受けてきたのだ。この偏った依存関係は、米国人の負担を軽減し、欧州に経済力に見合った政治的影響力を与えるためにも、是正されるべきだろう。

是正を果たすため、EUは共通の安全保障政策と軍事力を確立しなければならないが、これは長く、困難なプロセスとなろう。当然ながらドイツはその先頭に立たない。英仏だけが、欧州防衛の強固な基盤を構築できる軍事力を有している。この極めて重要な問題で、英国は欧州の救世主になるかもしれない。これなくしては希望はない。

悲しいかな、キャメロンにはこれほど前向きな議論をできるだけの心構えは全くできていない。彼が率いる党は、貿易面はさておき、欧州のあらゆるプロジェクトへの反対姿勢を強めている。

そして彼は、数世代にわたり続いてきた国民の記憶と対峙することになるだろう。英国は欧州を救済した最新の事例(である第二次世界大戦)では一時、たった1国で強い誇りを持って持ちこたえたのだ。

イアン・ブルマ 米バード大学教授、ジャーナリスト

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Ian Buruma

1951年オランダ生まれ。1970~1975年にライデン大学で中国文学を、1975~1977年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

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