起業家の原点は校長先生の言葉 シベール特別顧問・熊谷眞一氏②

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くまがい・しんいち 1941年生まれ。高校卒業後、仙台や東京などでの修業を経て、66年に洋菓子の店シベールを創業。70年有限会社シベールを設立し社長に就任(81年株式会社化)。2010年会長。11年特別顧問。公益財団法人弦地域文化支援財団の代表理事も務める。

自分のアントレプレナーとしての原点は小学生、11歳のときにあります。

私の父は、山形県大江町で和菓子屋を営んでいました。小さい頃から、祖母には「おまえほど賢い人間はいない」と言われていました。そして「大きくなったらお父さんの跡をしっかりと継ぐんだよ」と。祖母なりの後継者教育だったんですね。自分も子供心に「父親の仕事を継ぐのは運命なのかな」と思っていました。

ところが成績がよかったので、小学校の校長先生から「菓子職人になるなんてもったいない」と言われたのです。父の理不尽さに反発もありましたが、反面で尊敬もしていました。そこに校長先生の「菓子職人になるなんて」という言葉。とても悔しかった。父を侮辱されているような気がしました。お菓子屋になって校長先生を見返してやろうと思ったのです。今から思えば、そのときから自分はアントレプレナー、起業家になったような気がしますね。

ホラは吹くことが大切

高校卒業後、修業時代を経て、山形市に小さな洋菓子店を開業しました。そのとき背中を押してくれたのが、井上ひさしさんと山元護久さんが共作で書いたNHKの人形劇番組「ひょっこりひょうたん島」。「♪何かがきっと待っている~」という主題歌の歌詞には勇気づけられた。

 最初の店が軌道に乗って、第2号店をオープンした1969年4月4日。その日はくしくも「ひょっこりひょうたん島」の最終回でした。不思議な縁を感じ、この番組は自分を応援するためのものだったと勝手に思い込んでいます。

事業の成功については、よいお客様に巡り合えたことが大きかった。まさに「小僧の神様」です。たとえば、大きな書店の経営者が「ケーキを販売してやるから卸しなさい」と言ってくれました。しかも、好条件の卸値です。クリスマスケーキなど、随分売ってもらいました。向こうの店員にすれば「ウチは本屋なのに何でケーキを売るんだ」と思ったかもしれませんが。

「野心に満ちた無欲な人間」。そんな人間が必死に頑張っていると、誰かが必ず応援してくれます。野心と欲とは違います。欲は、あくまでも自分のため。野心はもっと大きなものです。ホラといってもいい。自分でいえば「お菓子屋で成功して校長先生を見返してやる」という思いで頑張っていました。

ホラは吹くことが大切なんですよ。野心があったら、それを堂々と周囲に宣言する。ゴールを明確にすること。それが私の経営哲学です。

週刊東洋経済編集部
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