「4代目プリウス」乗ってわかった真のスゴさ

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ハイブリッド機構の開発では、モーター、ジェネレーターなどの消費を最小限にすることで、ハイブリッド機構がプリウス全体の低燃費化に26%%も寄与した

これにより、前車に追従する「アダプティブクルーズコントロール」、白線からの逸脱を警告する「レーンディパーチャーアラート」、対向車の明かりを検知してハイビームを自動で調整する「オートマチックハイビーム」に加えて、歩行者にも対応する「プリクラッシュセーフティシステム」が備わる。「C」と比べて、「P」はミリ波レーダーを使った高価なシステムであり、その分、歩行者も検知できる。

高度ドライバー支援とITS利用

30km/hまで加速して、赤いパイロンのところからアクセルに載せた右足を離して、ダミーに向かって突っ込んでいく。すると、中央にブレーキの文字が光って、ブレーキ操作を促すとともに、衝突を回避するための自動ブレーキを行う。無事にダミーをひかずに済んだが、もしこれ以上の速度が出ていて衝突が避けられない場合でも、自動ブレーキをかけることで衝撃を軽減できるのは明白だ。

現行クラウンから導入されたクルマ同士やクルマとインフラが通信して、信号や緊急車の存在をドライバーに伝えることに加えて、車-車間通信を使ってのレーダー・クルーズコントロールなどの機能も搭載する。

「21世紀に間に合いました」というキャッチフレーズで初代プリウスが登場したのは、1997年のことだ。当時、京都議定書はまだ批准される前だったし、先進国の人たちですら、大半がまだ地球環境問題に大した興味を持っていなかった。そんな時代に、「燃費が従来の半分」と言われても、ピンと来る人は少なかった。しかも当時は、ハイブリッドの技術も発展途上で、走りの魅力も十分とは言い難かった。

正直なところ、初代プリウスは決して成功したモデルとはいえない。パナソニックと組んで行っていたニッケル水素電池の生産も難航していたし、ハイブリッド機構は自動車産業の標準からすれば少量生産の高級品だった。想像の域を出ないが、当時は「プリウスはいくら売っても赤字」とまでささやかれていた。初代は6年間の累計販売台数が約12万3000台と、量産と呼ぶべきか悩む程度に過ぎなかった。

一例を挙げると、電気自動車(EV)のテスラ「モデルS」がこの3年間で約8万台を販売している。きっと「この後、2015年6月末までにプリウスの累計販売台数は300万台を超える」という話を、1997年当時の人に聞かせても、決して信じてはくれないだろう。それくらいプリウスは自動車の世界における異端児だった。

だからこそ、当初、国内専用車だったプリウスが海外に打って出ると聞いたときには、驚きを隠せなかった。一般的には製品に対するコスト意識の高いトヨタだが、例えば、「RAV-4 EV」や燃料電池車「MIRAI(ミライ)」を市販開始したときのように、エコカーの投入については大英断をする傾向がある。

「RAV-4 EV」なんて電池価格=車両価格だったといっても過言ではないし、燃料電池車の「ミライ」が1000万円切る価格で市販されたのは出血赤字の大バーゲンである。

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