悩んでコケて挑戦して 哲人経営者、最後の勝負(下) 小林喜光 三菱ケミカルホールディングス社長

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 「今やほとんどの企業が、健康と環境を掲げている。が、それだけでは足りない。本当の心地よさ=快適さを実現しなければならない。それが企業の持続可能性につながる」。たどり着いたコンセプトが「KAITEKI」だ。

小林にとって持続可能性の象徴の一つが「脱原発」である。「僕は放射線化学を専攻したから怖いんだよ。やはり制御できない。時間軸は必要だが、今までの延長線上でもの考えるのはやめるべきだろう」。小林は自然エネルギーを選択し、最終的にCO2をエネルギーに変える光合成の事業化を目指している。それは研究員時代に挫折したC1化学への再挑戦であり、放射線化学と隣接する「光」への回帰でもある。

それにしても、三菱グループには原発の恩恵に浴する企業が少なくない。にもかかわらず、の脱原発。伊藤忠商事会長の小林栄三が言う。「言葉と腹の中が一緒。計算して発言している感じはないよね」。

小林自身、思いを口に出すリスクは認識している。「ご苦労さんと思っているヤツはいっぱいいる。だけどオブラートに包んだようなことを言ったら、ものは進まないじゃないですか。時間がないんだよ。いいかげんなことを言ってる暇はない」。

自分の時間だけではない。この国に残された時間も多くはない。日本発のオリジナルな哲学で企業社会を励起し、産業構造を変え、この国の持続可能性を確立すること。社長になるはずのなかった“哲人”小林の、これが「本当の勝負」である。

「どんどん自分ってのがなくなるんですよ、不思議にね」。かつてシナイ半島の砂漠で受けた啓示。今、日本の企業社会に対して、小林自身があのときの黒いショールの女性、2匹の黒いヤギになろうとしているかのようでもある。=敬称略=


こばやし・よしみつ
最近の学生の就職観に大いに疑問を感じている。「でっかい企業に就職して生活を安定させたい、という思考でしょう。相変わらず、就職を就社と思っているんじゃないの。就職は会社ではなく事業に就職する、就業なんですよ。新しいものを切り開くチャレンジングな精神が薄れている。こういうことで日本の活力は大丈夫なのかなぁ」。

(武政秀明 撮影:山内信也 =週刊東洋経済2012年5月19日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。

 

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